043-2
涙を拭いたメリーローズがおもむろに立ち上がり、囁く。
「わたくしたち、この場を失礼いたしますわ」
「えっ?」
ランドルフが驚いて顔を上げた。
「ここにいて、フェリクスを慰めてくれるのかと思ったのだが」
その言葉に、メリーローズが小さくかぶりを振る。
「いいえ、今のフェリクス様に必要なのは、わたくしではない。……ソーントン先生ですわ……」
(このBL的に美味しい場面に必要なのは、ソーントン先生ですわ……)
シルヴィアは心の内で、メリーローズの言葉を翻訳した。
「ソーントン先生なら、フェリクス様の心を、きっと受け止めてくださるでしょう」
(ソーントン先生なら、フェリクス様をきっと『受』たらしめるでしょう)
「もしフェリクス様が、これ以上ご自分を否定するようなら、そのときは先生が優しく……責めてください」
(フェリクス様を、あなたが優しく『攻』めてください)
シルヴィアのように適格にメリーローズの意図を理解できないランドルフは、メリーローズの言葉に頷いた。
「ああ、フェリクスが自分で自分を責めないよう、私が彼を叱ろう。自分の存在を否定してはいけない、と」
「お願いいたしますわ」
女神のような微笑みを残して、メリーローズは部屋から退出した。
部屋を出、旧校舎を出るやいなや、シルヴィアがメリーローズに突っかかった。
「お嬢様、攻略対象をアルフレッド殿下以外とくっつけるのは、タブーだったのではないのですか?」
「やっだー。シルヴィアったら、すっかりアルたん総受至上主義ね!」
「そんなことは言っていません! まったく、よくあんな場面で、妄想できますね!」
「むしろ逆に、なんで妄想しないでいられるのか、その方が不思議だわ」
メリーローズのその言葉に、シルヴィアは天を仰いだ。
「フェリクス様やソーントン先生にとっては、人生がかかっている話だったんですよ! それをご自分の妄想のネタにするなんて……」
「あら、私にとっても人生がかかっている話だったわよ。ゲーム通りならフェリクス様に殺されるかも知れなかったし、今この世界の話なら、私のために誰かの血が流されるかも知れないことなんだもの」
これにはシルヴィアも、「うっ」と息を飲んだ。
言いくるめられたというよりは、(その状況でもBL妄想するんかい)という気持ちからである。
「まあでも、この様子ならもうフェリクス様も、これ以上誰かを傷つけようという考えは捨ててくれそうね」
ハッとしてシルヴィアも頷いた。
「確かに……」
「とりあえず、これでフェリクス関係の問題は、ほぼクリアできたわ。やったー」
ぴょんぴょんと跳びはねて、無邪気に喜ぶメリーローズを見ながら、シルヴィアは片眉を上げた微妙な笑顔で見守る。
(確かに一つだけだが、問題は解決した。もうフェリクス様から、お嬢様や他の方が命を狙われることを、恐れなくてもいいのだ)
それを考えるなら、少しくらい妄想を楽しむのを許してもいい…………かも知れない。
そう譲歩しかけたときだった。
「それにしても……いい! 線の細い人形のような美少年と、たくましい体つきの大人ダンディの、年の差身分差カップル…………。アルたんのダーリン候補を一人、フェリクスに分けてしまうことになるけど、これはこれであり! あり寄りというかあり! ありよりはべりいまそかり!」
またわけのわからない、呪文のような言葉を吐いているが、要約すれば「ランラン×フェリクス」というカップリングを妄想して、喜んでいるだけである。
「お嬢様、たくさんある問題の中の一つが解決しただけですので、気を引き締めていただけるよう、お願いいたします。あと……」
シルヴィアは気になったことがあった。
「先ほど、急に泣き出したのは、どうかなさったのでしょうか?」
「え?」
「フェリクス殿下が、王族ではないかも知れないと嫌疑をかけられたとき、女王陛下がご自分のお子であると牽制して、ことを収めたという話のあとです」
「……ああー……」
メリーローズは石を蹴飛ばしながら「うーん」「あれねー」と独り言のようにブツブツと呟いたあと、遠くを見るように言った。
「追いつかれないようにしてたんだけど、ちょっぴり、追いつかれちゃった」
(おや)
以前にも似たようなことを言っていたと、シルヴィアは思い出す。
(あれは確か、ナツミ様の記憶にあった『おたく』という言葉について話をされていたときだった……)
追いつかれないように、とは前世の記憶についてだろうか?
だがそれなら「BL」だの「萌え」だの、前世で好きだったことの話をしているときは、なぜあんなに嬉しそうにしているのだろう?
(やはり、考えすぎか)
首を振ってモヤモヤした考えを振り切る。
問題はまだ一つしか解決していないのだ。
考えなければいけないこと、調べなければいけないことが、まだまだある。




