039 公爵令嬢、第三王子対策を練る
部屋に戻ったメリーローズとシルヴィアは、早速フェリクス対策会議を開いた。
「ごめんなさい、ゆうべは頭ごなしに『有りえない』とか言ってしまって」
「そんな、謝る必要はありません」
「だって、ゲームのストーリーを変えてまで、フェリクスがわたくしを好きになるなんて、あるわけないと思ったんですもの」
「そこは同意します」
「なんですと?」
ついつい、いつもの漫才を始めそうになってしまったが、それどころではないと二人とも気がつく。
「そんなことより、フェリクス様対策です。さて、どうしたものか」
「ミュリエルを好き過ぎて、私が攻撃されるのも嫌だけど、わたくしを好きになって、他の誰かを攻撃するなんて、それもすっごく嫌あー!」
ソファに座ったまま、メリーローズは子供のように腕を振り回し、声を張り上げた。
「まあでも、クローディアがひどい怪我を負わなかっただけでも、よかったということかしら」
「それなんですが……」
シルヴィアが、事故が起こった経緯を時系列でみると、不審な点があると指摘する。
「クローディア様が階段から落ちたのは、午前の授業が終わってしばらくしてからのこと。我々は授業終了後すぐ食堂に行き、メニューを注文して料理が揃い、食べようとしたところでソーントン先生が入ってきました」
「ふんふん」
「一報が入ってきたとき、事故の発生時間を聞いたところ、その十分前くらいに階段から落ちた、と」
「そうね」
「事故が起きた時間には、フェリクス様も食堂にいました。どうやってクローディア様を突き落としたのでしょう?」
これを聞くと、メリーローズは腕組みをして考え込んでしまった。
「うーん……」
「例えば、フェリクス様が誰か子飼いの人間を差し向けて、クローディア様を突き落とすよう指示したとします」
「うんうん」
「それならフェリクス様がいない場所で、事故を起こすことは可能です」
「それだ!」
「でも事故を目撃した人たちは、クローディア様の後ろには、誰もいなかったと証言しています。証言が本当なら、この方法も不可能です」
「じゃあ、どうやって事故を起こしたのよ!」
ここでシルヴィアが声を潜めた。
「わたくしは『魔力』を使ったのではないか、と推察しております」
「『魔力』ー?」
メリーローズはソファからガバッと立ち上がる。
「フェリクスは王族よ! 王子様よ! 魔力なんかあるわけないじゃない」
「でも、クローディア様の事故がフェリクス様によるものだとしたら、そうとしか考えられません。あるいは他の誰かの仕業で、フェリクス様は関係ないのか」
それを聞くと、メリーローズも再びソファに座り込んで、唸った。
「いえ……フェリクスは確実に関わっているわ。でなければ、あの笑った口元はあり得ない……」
しばらく悩んだ後、決心したようにシルヴィアの顔を見る。
「わかったわ。今度はちゃんと、あなたの話を聞くことにしましょう」
「やはり魔力に関することは、魔力に詳しい人に聞くべきです」
少し気分を変えるために、シルヴィアがお茶を運んできた。
「それはつまり、ランドルフ先生に聞くってこと?」
「ちょっと、気が進みませんが、致し方ありません」
メリーローズはお茶を口に含む。
先日、家に帰ったときに持ち込んだ、バラのドライフラワーを入れたものだ。
ダマスクローズの芳香が辺りに広がる。
「うーん、いい香り。……で、なんで気が進まないの?」
「授業の内容が、気に食わなかったので」
「ああ、『大精霊教』が正しくて、他の式神を使う魔力持ちは間違っているって内容ね」
「そうです。……自分が信じてきたものを、頭ごなしに否定するやり方には、やはり反発心を覚えます」
怒ってはみせたものの、シルヴィアもバラの香りに癒されたのか、口調が先ほどより柔らかくなっていた。
メリーローズは前世でプレイしたゲーム『レジェンダリー・ローズ』のストーリーを思い出す。あの中で、教師ランドルフ・ソーントンの設定はどんなものだっただろうか……。
「彼は確か、何か事情があってこの学院で教師をしているはずなのよね……。『これを教えたい』とか、『これを研究したい』とか自発的な理由ではなくて、…………うーん、何だったかな」
「いいです。わたくしの個人的な感情は置いておいて、とりあえずソーントン先生に話を聞きにいってみましょう」
「そうね。でも、何て言って聞き出す?」
正直に、フェリクスがクローディアを突き落とした犯人だとか、王族のフェリクスが魔力を使っただとか、そんな風に聞くわけにはいかない。
「…………そう言えば、高位貴族には表れにくいと言われる魔力を、アデレイド様もお持ちですよね」
「そうね。彼女は侯爵家の令嬢だから、ちょっと例外的よね」
「その辺りから、それとなく聞いてみましょうか」




