038 公爵令嬢、知らないうちに美化される
メルヴィン以外の皆が出て行った後、シルヴィアが医務室にやってきた。
「遅くなりました。メリーローズ様のご様子は?」
「ああ、気がついたよ」
「ありがとう、シルヴィア」
意識が戻っているメリーローズの様子に、シルヴィアが安堵する。
「どうしますか? このまま一晩こちらで休まれますか?」
「お医者様によると貧血だそうなので、そこまでしなくても大丈夫よ。少し休んだらお部屋に戻るわ」
「そうですか。……大したことがなくて、よろしゅうございました」
「しかし、貧血で気を失うなんて初めてだよね。ちゃんと食事は摂っているかい?」
メルヴィンが心配そうに覗き込む。
「ええ、そのつもりだったのだけど……」
「わたくしの管理が行き届かなかったのだと思います。申し訳ございません」
頭を下げるシルヴィアを、メリーローズが止める。
「わたくしのやること為すこと全部に、あなたが責任を負う必要はないわ」
「しかし……」
「そうそう、メリーは先日家に帰ってきたとき、肉ばかり食べていたからね。栄養が偏っていたのかも知れない。そんなことまで自分のせいにしてはいけないよ」
メルヴィンが笑ってシルヴィアを窘めたが、シルヴィアはメリーローズの言葉の裏の意味に気がついていた。
先ほどの一件で、メリーローズも自分に対するフェリクスの気持ちを確信したのだろう、とシルヴィアは思った。
ゆうべは本気にしていなかったものの、先日カフェテリアで突っかかってきたクローディアが、わかりやすく怪我をした――しかも、「誰かに押された」という証言つきで――ことで、危機感を持ったのだろう。
そんな時に、自分の健康不良の原因がメイドの管理不足であるとしてしまったら、シルヴィアがフェリクスに狙われかねない、と危惧したわけだ。
「お兄様、わたくしもう大丈夫ですわ。お兄様も授業に戻ってください」
「本当に、大丈夫か?」
「お兄様、ランズダウン公爵家の跡継ぎとして、勉学を疎かにしてはいけませんわよ」
その言葉を聞き、メルヴィンはふっと息をはいて微笑む。
「その様子なら、大丈夫だね。シルヴィア、悪いけどメリーにつき添っていてくれるかい?」
「かしこまりました」
メルヴィンが出て行った後、頃合いを見てメリーローズとシルヴィアも医務室を辞した。
そのまま寮の部屋へ戻る。
改めて話し合わなけれがいけないことが、山積みだ。
* * *
一方、先にメルヴィンに医務室を追い出されて授業に向かった一同の中で、アルフレッドがフェリクスに目で合図をした。
「皆、ちょっとフェリクスを借りるよ。教室には先に行っていてくれないか」
アルフレッドにそう言われ、ミュリエルたちは頷く。
「では、フェリクス殿下。先に行っていますね」
彼女たちの姿が見えなくなったところで、フェリクスを伴い人気のない階段を昇った。




