037 公爵令嬢、倒れる
その知らせが入ったのは、カフェテリアでの一件があった数日後のこと、ランチタイムに生徒会とその仲間たちで、学内食堂に集まっているときだった。
各々好みのメニューを注文し、さあ食べようとしたときに、攻略対象の一人であるランドルフ・ソーントン教師が駆け込んでくる。
「ここに、メルヴィン・ランズダウンはいるか? 生徒会長のランズダウン、いたら返事を!」
「はい、ソーントン先生、ここです」
メルヴィンが立ち上がって手を挙げた。
「そこか。ああ、生徒会の他のメンバーもいたのか」
「何かあったのですか?」
アルフレッドも立ち上がる。
「ああ、たいしたことではないのだが、つい先ほど、女学生の一人が階段から落ちてね」
「ええ?」
それを聞いて、一緒にいた他のメンバーからも声が上がった。
「大丈夫なのですか?」
アーネストが質問する。
「今、医務室で手当てを受けているが、足首を捻挫しているそうだ」
「死んじゃうような大怪我じゃないんですね? よかったあ」
胸をなでおろしたアデレイドの言葉に、ランドルフが苦笑した。
「ああ、大丈夫だ」
「それで怪我をされたのは、どなたなのですか?」
そう聞いたメリーローズだったが、ランドルフの答えに息を飲む。
「一年生の、クローディア・パクストンだ」
「クローディア?」
「どこかで、聞いたような……」
顔を見合わせるミュリエルとエルシーに、ヘザーがボソリと呟く。
「この間、ブロムリー公爵令嬢と一緒に、私たちに『うるさい』と文句を言いにきた方ですね」
「その事……故があったのは、いつですか?」
一瞬『事件』と言いそうになりながら、シルヴィアが質問する。
「そうだな、今より十分ほど前だったか。本人の話だと午前の授業が終わって、しばらく級友たちとお喋りしてから教室を出た後、事故に遭ったということだ」
(十分前……)
その時間なら、もうこのメンバーは全員食堂に来ていた。ということはフェリクスは関係ないな、とシルヴィアは判断する。
しかし、その隣でメリーローズの手が微かに震えだした。
下を向いているフェリクスの口元が、ニヤリと笑っていることに気づいたのだ。
「大きい怪我ではなく、すでに治療もしているのなら、なぜ俺を探しに来られたのでしょうか?」
メルヴィンの質問も、もっともだ。単なる小さい事故で、いちいち生徒会長への報告は必要ないはずである。
「それが、パクストンが妙なことを言っていてな」
「妙なこと?」
「誰かに背中を押されて落ちた、と言うのだ。でも目撃者が複数いて、皆、彼女の後ろには誰もいなかったと証言している」
「やだあ、怖い」
アデレイドが怯えてメリーローズに抱き着き、異変に気がついた。
「メリーローズ様……?」
その呟きと同時に、メリーローズの体がグラリと傾き、アデレイドにもたれ掛かってくる。
「メリーローズ様!」
「メリーローズ!」
メルヴィンやアルフレッドがメリーローズに駆け寄ろうとしたが、それより先に彼女の体を支えた者がいた。
「メリーローズ嬢、しっかりしてください!」
フェリクスである。
気を失っているメリーローズの肩を抱いて支え、手を擦りながら声を掛けるが、反応はない。
アルフレッドがフェリクスの手からメリーローズを取り上げ、抱きかかえる。
「すぐに医務室へ」
「待ってくれ」
メルヴィンがそれを止めた。
「アルフレッド、確かに君はメリーの婚約者ではあるけれど、まだ夫婦じゃない。学校と言う公共の場では、血のつながった兄である僕がメリーを運んだ方がいいだろう」
その言葉にアルフレッドも納得し、彼がメリーローズを医務室に連れていくことになった。
メルヴィンの後ろについて歩くアルフレッドが、ちらとフェリクスに目をやる。
二人の間に微妙な空気が流れていた。
シルヴィアは素早くメリーローズの部屋に走り、もしこのまま医務室に泊まることになった場合を想定して、着替え等を取りにいった。
足を速めながら頭に去来したのは、当然フェリクスのことである。
さきほどの様子で、夕べの疑問は確実なものになったと判断していいだろう。




