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036 公爵令嬢のライバル令嬢、泣く

「ちょっとあなた方、うるさいですわよ!」


 メリーローズたちのグループが座っているテーブルの前に、堂々たる仁王立ちの少女がいる。

 縦ロールにしたダークブラウンの髪と青い瞳の、いかにも気が強そうな美少女だ。


 そう。何を隠そう、この少女こそメリーローズのライバル、ブロムリー公爵令嬢…………ではなく、その取り巻きをしているクローディア・パクストン伯爵令嬢である。


 当のブロムリー公爵令嬢ミルドレッドは、彼女の後ろで小さく震えていた。

 ミルドレッドはプラチナブロンドの髪に明るい琥珀色の瞳で、見た目の色彩も薄いが、存在感も薄い。


「何が『ノブレス・オブリージュ』でございますかしら。公共の場であるカフェテラスでこんなに騒がしくしておいて、よくもまあ偉そうですこと!」


 声が大きく――シルヴィアは(どちらがうるさいんだか)と内心で突っ込みを入れていた――態度も大きいクローディアに対し、ミルドレッドはその後ろにひっそりと立ち、泣きそうな顔をしながら、聞こえるか聞こえないかの声で、クローディアの袖を引っ張っている。


「お願い……クローディア……やめて……お願い……」



 その時、クローディアの立ち位置からは陰になって見えにくい席に座っていた、漆黒の巻き毛の少年が立ち上がった。


 先ほどまでは、女性だけのグループに見えるほど、きゅるんとした愛らしい笑顔で溶け込んでいたフェリクスは、今や瞳の奥に剣呑な光を宿し文句をつけてきた相手を睨んでいる。

 男性としては小柄であるが、さすがにクローディアの前に立つと、頭半分近く背が高い。


 その迫力と、相手が誰なのかに気づいたクローディアが、たじろいで後退った。


「君、僕らのことを騒がしいと言ったかい? 変だな。それほど大きな声で会話していた記憶は、ないんだけど」


 ニッコリと口元は笑っているけれど、目は笑っていない。

 むしろ怒ってる。怖い。

 実際に睨まれていないメリーローズでも怖いのだから、クローディアは相当恐ろしいだろう。


「あ、あ……あのっ……」


「それとも、話していた内容が、耳障りだったのかな? 君の後ろで震えている彼女(ミルドレッド)の、ライバルと目されるメリーローズ嬢を、褒め称えていたしね?」


「いやっ、そんな、その……」


 図星を刺されたクローディアの、声が震えた。

 後ろのミルドレッドは、くすん、くすんと既に泣き出している。


(さすがに、これはヤバい)


 自分でもまたフェリクスを恐れていたメリーローズだったが、勇気を振り絞って声を掛けた。


「フフ……フェリクス様。もう、その辺で」


 つい噛んでしまったのは、見逃して欲しい。

 あと、笑ったわけではない。


「ミルドレッド様が泣いていらっしゃいますわ。お可哀想に。……それから、クローディア様」


「な、何…………じゃない、は、はい」


 クローディアは、メリーローズに対しては強気で構えようとしていたが、フェリクスにジロリと見られて素直に返事をした。


 そんなクローディアに、メリーローズは小さく頭を下げる。


「ありがとうございます」


「……へ?」


 これにはクローディアだけでなく、その場にいた皆が驚いた。


「実はわたくしも、あまりに皆様からお褒めの言葉をいただき過ぎて、少々恥ずかしかったのですわ。その流れを止めていただき、お礼を申し上げます」


「あ、そ、えっと、……い、いいってことですわよ」


 メリーローズに難癖をつけたのに、逆に礼を言われるとは思っていなかったのだろう。

 どう対応したらいいのか、わからなくなっているらしい。


 そこに、ミルドレッドが再びクローディアの袖を引っ張って囁いた。


「もう……お部屋に帰りましょう……。……ね? ……お願い……」


「わ、わかりましたわ」


 ミルドレッドは改めてフェリクスに告げる。


「お騒がせして……本当に、……本当に、……申し訳、ございませんでした…………」


 小声で謝罪すると、クローディアを伴ってカフェテリアから退出した。


 この一連の流れの間、シルヴィアはじっくりと観察していた。

 疑惑のあるミュリエルやヘザー、アデレイド、そして何より危険人物のフェリクスを。


 ランズダウン家でメイドとして働きだして、すでに六年のキャリアがある。

 メイドは主人の表情を読み、彼らが望むものを、命令が出る前に素早く用意する能力を求められるものだ。


 最近では、メリーローズのBL小説を読みはじめ、その中での登場人物の感情の動きと、それに伴う表情や仕草などを知るにつれ、ある程度他人の心が掴めるようになっていた。

 更にシルヴィアには『気を読む』という能力もある。


 これにより、その場の誰も気づいていない、ある人物の感情に気がついたのだった。



「間違いありません。フェリクス殿下は、お嬢様にひとかたならぬ感情、はっきり申し上げて『恋情』を抱いていると確信しました」


「は……はあああ?」


 寮に戻り、シルヴィアからそう告げられたメリーローズは、素っ頓狂な声をあげる。


 なにしろフェリクスと言えば、ミュリエルを恋い慕うあまり、彼女の敵と判断した相手を、闇に葬るヤバキャラなのだ。

 なけなしの勇気を振り絞ってあの場を収めたメリーローズは、ソファに体を投げ出しながら笑った。


「そんなフェリクスが、わたくしを?……ないない! ありえない!」


 そう否定したメリーローズだったが、その考えを改めざるを得ない事件が起こる。

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