034 公爵令嬢とメイド、立ち聞きする
シルヴィアの手を引っ張って、メリーローズは庭に出た。
女子寮と男子寮の敷地は塀で区切られており、男子学生が迷い込んでくることはない。
三日月の夜だが、ガス灯が所々に立っているので意外に明るく、二人は庭を迷いなく歩くことができた。
ガウンを着てはいるが、まだ少し肌寒い。
「頭を冷やすには、充分ですね」
ベンチに座ってしばらくした後、シルヴィアがポツリと呟いた。
「心配してくれるのは、ありがたいと思っているのよ」
辺りがあまりに静かなので、メリーローズの声も自然と小さくなる。
ベンチの後ろの庭木の下にはブルーベルが咲いているが、今は暗くてその青い色は見えない。
その後も二人で黙って座っていたが、やがてシルヴィアがくすりと笑った。
「ありがとうございます。少し落ち着きました」
「よかったわ。ちょっと体も冷えたわね」
「部屋に戻ったら、熱いお茶を淹れます」
そんな会話をしていると、向こうの方から誰かが近づいてきていることに気がつく。
会話をしているので、複数いることがわかった。
自分たち同様、夜の散歩に出た学生だろうと思ってぼんやり見ていたが、それがヘザーとアデレイドであることに気がつき、二人で慌てて身を隠す。
(ど、どうして? ヘザーとアデレイドが?)
二人は顔見知りだ。
自分たちのいないところで、会話をすることが「絶対ない」とは言い切れない。
とはいえ、きちんと挨拶をしたのは今日が初めてのはずである。
こんな夜更けに部屋を抜け出して、二人きりで会うような仲ではないはずだ。
さっき否定したシルヴィアの仮説が、がぜん真実味を帯びてくる。
メリーローズはオロオロと落ち着きがなくなったが、今度はシルヴィアの方が冷静になった。
「まだ、わかりません。行儀が悪いですが、少し会話を盗み聞きしましょう」
メリーローズは頷くと、そっと音を立てないように、植え込みより低い体勢を取る。
さきほどのメリーローズたちが、声を落として会話したように、ヘザーとアデレイドも小声で話している。
「まさか、あなたでしたなんて……」
アデレイドの方が声のトーンが高い分、聞こえやすいようだ。
「私もです。よもや…………会えるな……て」
ヘザーの声は低くて聞こえにくいが、二人の会話から推察するに、どうも以前から知り合いだったようである。
「その割に、生徒会室でのアデレイド様は、ヘザーのことをあまりご存じではないご様子でしたが……」
ヘザーとアデレイドは、メリーローズたちが隠れた植込みの真裏で立ち止まり、話をしていた。
時々、風に揺らされた葉が音をたて、余計に会話を聞き辛くする。
いかにも人に聞かれたら不味い話をしているようで、二人ともボソボソ、ボソボソと小声で言い合っており、何を話しているか聞こえない。
しゃがんでいるのが辛くなってきた頃、風向きが変わって声が聞き取り易くなった。
「お願いです! わたくし、もう……なしに……生きられない体になっ……」
「そうでしょ……皆さんそう言い……すよ」
「お金なら、いくらでも……」
「とは言え、こちらも仕入れが……」
「無理、もう我慢できな……」
「すっかり、……中毒ですね。くすっ」
(これは、どういう会話なんだろうか?)
首をひねるシルヴィアが隣のメリーローズを見ると、驚愕の表情で彼女の顎が落ちていた。
「ニンギョジョリルのガブになってますよ」
「そ、それどころじゃ、ないわよ」
やがてヘザーたちが立ち去った気配がして、メリーローズとシルヴィアはやっと元のベンチに這い上がった。
「はあ、一体どういう会話だったんでしょう?」
しかしメリーローズは相変わらず顎が落ちたまま、ガクガク震えている。
「ヤバい。カコイチヤバい会話を聞いてしまった……」




