031-2
その夜、自室に戻ってからのこと。
メリーローズとシルヴィアは、疑惑の人物であるミュリエル、ヘザー、その上今日はフェリクスまで相手にしていたため、どちらも精神的にかなり疲弊していた。
「もう、誰をどこまで信じればいいのか……」
「そもそも、ミュリエル嬢のことだって、疑惑は晴れていませんからね……」
二人ともソファにどっかりと座って動けない。
メリーローズは背もたれに背中を預け、シルヴィアは顔を手で覆って、自分の膝に肘をついている。
「ああ、お風呂の準備をいたしませんと……」
「いいわよ、もう少し休憩してからで……」
「でも、このまま座っていると、お尻に根が生えそうで……」
シルヴィアが無理やり体を起こして、立ち上がる。
「ありがとう。それにしても、ヘザーは何を考えている子なのかしら」
その名前に、シルヴィアの体が緊張から硬くなる。
「ついこの間、ゲームとの差異を書きだしたばかりですが、人の配置が変わるなどという大きな違いは、これまでありませんでしたね」
「ええ」
ヘザーは一体何者なのか?
なぜエルシーの代わりに、ミュリエルの隣にいたのか?
ヘザーが転生者である可能性は?
「あーもう、『転生者』なんて設定があるから、ややっこしいのよねー」
自身も転生者であるメリーローズが腐す。
「彼女はまた、何を考えているのか、他の人以上にわかりにくいですしね」
真っ赤な髪を二つの三つ編みにして下げ、牛乳瓶の底(シルヴィアは当然、この言い回しを知らなかった)のような分厚いレンズの眼鏡を掛けたヘザーは、髪の色以外は大人しそうで目立たない存在だ。
眼鏡のレンズの向こうに見えるグレーがかった緑の瞳も、笑ってしまうくらい小さくて表情が読みにくい。
実家が貧乏というだけあって服装も地味で、フリルやリボンといった飾りつけも必要最低限といった具合だった。
ミュリエルと二人で並んでいると、どちらが平民なのかわかりづらい。
ただ、それを気に病んでいる様子もなく、元々おしゃれに興味がなさそうである。
メリーローズはふと呟く。
「……いにしえのオタクっぽい」
「『おたく』、とは何ですか?」
「うー……ん」
シルヴィアの質問に、何と答えようか頭をひねる。
「わたくし、いえ、『菜摘』のこと……かな」
「は?」
一言では説明しがたい単語であると、メリーローズは改めて思う。
オタク――それは時代によって、様々な意味と評価を与えられてきた言葉だ。
「うーん、ある何かのモノやコトを好きで、それに情熱を燃やす人……の総称かな」
「お嬢様は、ヘザーが何かに情熱を燃やしているか、おわかりになるのですか?」
「いや、それはわからないけど……」
というか、そもそもヘザーが何かに執着しているかどうかも知らない。
「ただそうなると得てして見た目に注意を払わない人が多くなるのよ」
生前の菜摘を思い出す。特におしゃれに興味もなければ、流行っているメイクやらコスメやらにも興味はなかった。
ただ、オタク仲間のヨッちゃんは意外とそういうものにも詳しくて、コミケ会場に着いてから「少しは可愛くしなさいよ」と言われ、メイクやネイルを施された記憶がある。
懐かしくなり、今の自分の両手を広げて爪を見た。
ネイルこそ塗っていないが、シルヴィアが磨いてくれるのでツヤツヤだ。
「…………あ、いけない」
「どうかなさいましたか?」
「うん、大丈夫。ちょっと……追いつかれそうになっただけ」
(追いつかれる? 何に?)
シルヴィアがそのことを聞く前に、メリーローズが話題を変えた。
「とにかく、ヘザーのことを調べなくちゃ」




