030-2
「他のトップファイブ以内の奴らは、生徒会に入ってくれないのか?」
各予算の数字を計算しながら、フィルバートが声を上げた。
「生徒会は名誉職だが、具体的なメリットはないからな。生徒会に入らないか、と声をかけても、色々理由をつけては断られることの方が多い」
メルヴィンが書類から顔を上げずに答えた。
これは半分本当で、半分嘘である。
トップファイブ以内の成績に入る女子学生は、生徒会メンバーに入りたがる者も多い。
ただしその動機が不純であるため、結局メンバー入りをこちらから断るケースがほとんどだ。
「アーネストのウインクにつられて来るような女なら、来ない方がマシってわけか」
「君が目当ての女子も、多いと思うぞ」
フィルバートが当てこすれば、アーネストも負けじと返す。
勿論この二人だけでなく、アルフレッドやメルヴィンとお近づきになりたい女子も多い。
何といっても皆、乙女ゲームの「攻略対象」なのだ。キラキラのイケメン揃いで、女子の皆さんを惹きつけて止まない。
反対に男子学生は、綺羅星のような彼らの横に並んで、見劣りする自分が嫌で断ってきたりする。
「女子で一人、仕事ができそうな学生がいるんだが、メンバーに勧誘したら彼女の父親から断りの手紙が来た」
メルヴィンの苦笑いで、皆誰のことを言っているのか、わかった。
――ミルドレッド・ブロムリー公爵令嬢。
メリーローズやメルヴィンの父親であるランズダウン公爵の政敵、ブロムリー公爵の娘だ。
メリーローズと共に、常に学年トップファイブ争いをする才女であるが、いかんせん引っ込み思案過ぎて、ほとんど表舞台に顔を出さない。
「ミルドレッド・ブロムリー嬢と言えば、ブロムリー公爵から兄上の婚約者にと、打診されたことがあったな」
アルフレッドがボソリと呟いた。
「聞いたことがございますわ。どうして王室はお断りされたのでしょう?」
「それはまあ、元々反王室派のブロムリー公爵の娘ともなれば、慎重にもなるだろう」
メリーローズとメルヴィンが、アルフレッドの言葉を受けて続ける。
「でも、考えようによっては、反対派を取り込むチャンスでもあったわけですよね?」
シルヴィアが考えながら言った。
もしそんなことになれば、ランズダウン公爵家にとっては痛手だが、決めるのは王家だ。
「まさか、我が家に遠慮されたわけではありませんの?」
メリーローズの疑問に、アルフレッドが笑って否定した。
「違う違う。兄上本人が乗り気じゃなかった。それだけのことだよ」
「そういえば、ヴィンセント殿下はまだ、婚約されていないのですよね。王太子というご身分を考えたら、もっと早くに決まっていてもおかしくないのですが……」
メリーローズが首をかしげると、アルフレッドが答える。
「うん。何年か前だけど、兄上が『王太子として、できうるかぎりの努力はするから、結婚相手だけは自分に選ばせて欲しい』って、母上に直訴したことがあってね。それ以来、花嫁選びは兄に任せているんだ」
「それにしたって、もうそろそろ結婚してもいいご年齢だ。誰かいいお相手はいないのかな?」
メルヴィンの疑問も、もっともである。
アルフレッドが現在十八歳。弟のフェリクスが二つ下の十六歳。それに対し、長男のヴィンセントは、少々年が離れた二十五歳だ。
一般的な男性なら、まだそこまで結婚を急ぐ年齢ではないが、跡取りが必要な貴族や、まして王太子ともなれば若いうちに結婚するケースも多い。
二十五歳にもなって、王太子でありながら婚約者がいないのは、かなり異例である。
話を聞いているうちに、シルヴィアはある考えが浮かんだ。
(もしかして、ヴィンセント王太子殿下も、実は『かくれ攻略対象』の一人なのでは?)
ついつい会話がはずんでしまったが、メリーローズは今この話題について話をしているのが、自分たち――アルフレッドとランズダウン家の三人だけであることに気がついた。
アーネストやフィルバートは、結婚や婚約といった話題は苦手そうだし、平民のミュリエルや、実家が貧乏で政治的駆け引きから遠いヘザーにいたっては、会話に入ろうにも入りにくかったのではないか?
「ごめんなさい、つまらなかったかしら?」
そう聞いてみると、ミュリエルは頬を紅潮させ、はわーと大きく溜息をつきながら「そんなことないです」と答えた。
「高貴な方の結婚って、色々あるのですね。なんだか、物語の中のお話みたいです」
そしてヘザーはヘザーで、うんうんと頷いて一言。
「大変、興味深い話題です」
ただしヘザーの言い方は、結婚に興味を持つ若い女性というよりはペンの書き味を吟味する書記官のようである。
(面白い子だな)
シルヴィアは、ヘザーの淡々とした様子に興味を持った。
この子は自分同様、結婚や恋愛に興味がないのだろう。
では、何に興味があるのか。
そう考えながら横目で観察していると、ずっと無表情だったヘザーの口元が、ニヤリと笑った。
特に誰かと話をしていたわけではない。何か面白いことを思いついたといった感じだ。
(何というか、自分の世界を持っている子のようだ)
その様子は、メリーローズ、というかナツミと似ているような気がするシルヴィアだった。
そんなヘザーに不審な点が浮かび上がったのは、それから数日経った後のことである。




