028-2
「まあ、つい独り言を言ってしまい、申し訳ございません」
鼻をふくらませるフィルバートに、メリーローズが丁寧に頭を下げた。
今日辺り、ミュリエルが他の生徒会メンバーに紹介される日だと目星をつけ、見学に来ていたのである。
メリーローズがメルヴィンの妹でアルフレッドの婚約者であるということは、フィルバートもさすがに知っているので、あまり邪険にはできないようだが、ブツブツと独り言を言う声が耳障りだったらしい。
「メリー、一応部外者なんだから、静かにしていてくれ」
「はあい、お兄様」
顔見知りが多いので、つい寛いでしまうメリーローズである。
その横で、シルヴィアは緊張MAXな顔をしていた。
……「兄」の伝手で生徒会室に来ているのは、メリーローズだけではない。
この日はメリーローズにとって最大の障害となるかも知れない相手、フェリクス・ロード第三王子も顔を出していたのだ。
(お嬢様はよく、フェリクス様の前でマイペースにふるまえるものだ)
一歩対応を間違えれば、命を狙ってくる危険人物である。
(一見そうは見えないが……)
黒い巻き毛に、大きくて丸い瞳。まだどこか少年のあどけなさを残した、愛らしい顔立ち。長い間療養のために室内で過ごしたせいなのか、肌の色が白く、ビスクドールのようだ。
一方、メリーローズもまた、フェリクスをチラ見する。
(確かに危険人物ではあるのだけれど……)
端正な横顔に、思わず笑みが零れる。
(はーん。やっぱり美少年だわー。アルたんの弟にしておくには、惜しい。惜し過ぎる)
もし二人の血が繋がっていなければ、絶対カップリングを楽しんでいたのに……理性的で常識人な己が憎い……と、シルヴィアが聞いたら顎が外れそうなことを、平気で考えるメリーローズだった。
フェリクスがアルフレッドの弟でさえなければ、妄想の幅が大きく広がるのだ。
なにしろ、フィルバートしかいない「年下攻め枠」が、もう一人増えるのだから!
フィルバートが不良系でありながらも陽の気を帯びているのに対し、フェリクスは毒気を含む陰のキャラだ。しかも美貌だけなら天使級、ただし中身は地獄に引きずり込み兼ねない、悪魔のような危うさを孕んでいる。
(たが、そこがいい!)
むふーん、と妄想に浸りかけたところでシルヴィアのじっとりとした視線を感じ、咳払いして現実に意識を戻した。
フェリクスを再びこっそり観察すると、少し眉間に縦じわが寄っているように見えて、ギョッとする。
(あれって、不機嫌な表情よね)
慌ててミュリエルの方を見ると、まだフィルバートがゴネている。
(……まずい。フィルフィルをミュリエルの敵と認定しちゃったかも! このままだとフィルフィルの命が危ない!)
……すると、フェリクスが立ち上がり、フィルバートの前に立つ。
「お前、女性に対して、さきほどから無礼なことばかり申しているな。不愉快な奴だ」
(おおっとお?)
思ってもいなかった展開が起きた。
メリーローズの認識では、フェリクスは言いたいことを表立って言うことができない分、裏に回って行動するタイプであった。
だからこそ、ミュリエルの敵と判断された者が、暗殺まがいの手口で闇に葬られていたのだ。
(なのに今、ちゃんと正面から正々堂々と、フィルフィルに『不快だ』と言いきった)
メリーローズは少し感動してしまった。
昔から知っている近所の子供の、成長を見るような気分である。
(偉いわ、フェリクス様!)
思わず小さく拍手を送っていると、突然こちらを見たフェリクスと目が合ってしまった。
拍手していたのも、わかってしまったようだ。
(え? ヤバい? どうしよう……)
反応に迷っていると、ふいっと目線を逸らされる。
自分の後ろでシルヴィアが、ホッと息をついている気配があった。
一方フィルバートも、いつもの見知ったメンバーではない年下の王族フェリクスから苦言を呈され、やりすぎたと感じたようだ。
「……まあ、さすがに俺も言い過ぎたかも知れないな。…………あー……すまない」
気まずそうに差し出した右手を、ミュリエルもにっこり微笑み握手を交わす。
こうして多少波乱含みであった生徒会メンバーの顔合わせだったが、最後は和やかに終わった。




