003-2
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淡い金髪に碧眼が優しげなアルフレッド第二王子は、婚約者であるメリーローズが倒れたと聞いて心配した。
以前からどこか張り詰めた空気を纏ったメリーローズは、自分との婚約が決まった頃から、その傾向が更に強まったと感じている。
生まれた時から公爵令嬢の名に恥じないレディーとして、厳しい教育を受けているとは聞いていたが、それでも出会ったばかりの幼いメリーローズにはまだあどけない愛らしさを感じたものだ。
それが、自分の許嫁に決まってからは愛らしさが消え、小さな貴婦人……と言えば聞こえはいいが、礼儀作法を教えに来る教師の『子供版』のような娘になってしまった。
(あれはどう見ても無理しているようにしか思えない。あんな小さい少女には、過酷なのではないか?)
しかしメリーローズ本人は自分の背負ったものに対し、弱音を吐くことはない。
常に貴婦人の中の貴婦人たるべく、あり続けた。
そんな彼女を周りの貴族たちは褒め称えたが、アルフレッドにはとても同意出来ない。
こっそり親友であり、彼女の兄でもあるメルヴィンに相談したところ、やはり似たような思いを抱いていたようである。
「そうなんだよね。あの子は自分の置かれている立場に、誠実であろうとし過ぎるところがあるんだ。重い立場に置かれれば置かれるほど、自分を律しようとするところがあるし、それに応えられる頭の良さもある。でも期待に応えられることと、本人が重責と感じていないかどうかは、別だと思うんだよね。兄としてはもっと甘えてきて欲しいんだけど……」
そんなある日、メリーローズが病気で倒れたと知った。
いても立ってもいられない衝動にかられたが、すぐに見舞いに行くことは周囲に禁じられる。
メリーローズの病がただの風邪ならともかく、万が一何か悪性の流行り病であったとしたら、うかつに見舞いに行って移されるわけにはいかない。
この国の中心である女王の住まう王城に、病気を持ち込まないように、というのがその理由だ。
冷静に考えれば、その通りではある。
が、心も納得しているわけではない。
メリーローズは倒れる前、「アルフレッド王子の婚約者である自分が、成績を落とすわけにはいかない」と言って無理をしたと聞いている。
それを「勝手に倒れたのだから、自業自得」とばかりに見離すような態度をとるのは、違うのではないだろうか……と考えるものの、強く反対することも出来ないアルフレッドであった。
まだ十四歳とはいえメリーローズが未来の王子妃という自覚を持つなら、多少の厳しさに耐えられる強さは必要だ。
なにより、本人が、若い少女であるという立場に甘んじる人間ではない。
正直に言うと、アルフレッドはそれが少し不満でもあった。
未来の夫婦ならば互いに支え合ってもいいだろう。年上の自分に、少しは甘えて欲しい。
しかしメリーローズときたら、そんな自分の思いはお構いなしに「すべて自分で出来る」と言わんばかりに頑張ってしまう。
そんな彼女を頼もしく思う一方、寂しさも感じていた。
メリーローズに、自分は必要ないのではないか……と。
「殿下、お部屋に着きました」
メイドに話しかけられ、ハッとする。
(いけない、しっかりしなくては)
メリーローズはしっかりした少女だが、同時に周囲にも同じくらい厳しい態度で臨んでくる。
ちょっとでも気を抜こうものなら「アルフレッド殿下。我が国の第二王子として今の態度はいかがかと思います!」と叱責されるのだ。
プライベートな時も、皆の前であってもお構いなし。
いたたまれない気持ちになり、落ち込むことも多々ある。
誰にも言うことは出来ないが、将来メリーローズと夫婦になることを考えると、気が重くなるアルフレッド王子であった。
自分を案内してきたメイドがメリーローズの部屋をノックする。
「お嬢様、アルフレッド第二王子殿下がお見えです」
咳ばらいをひとつして、足を踏み入れた。
「メリーローズ、入るよ。体の調子はどうだい?」
さて、今日のメリーローズはどう返してくるか。
「もう、何ともございません。ご心配をおかけし、申し訳ございませんでした」
または
「婚約者の風邪くらいで、大袈裟でございます。どうぞお城にお帰りになって、ご自分の勉学にお励みなさいませ」
(ま、こんなところだろうな……)
一言、二言見舞いの言葉を告げて、さっさと帰ろうと考えながら、入室した。
「ア……アルフレッド……様…………」
(ん……?)
想像していたのとは違う声が聞こえてきて、アルフレッドは目を上げる。
いつものメリーローズなら、腹の底で練り上げたような低い声で「ようこそお越しくださいました」とかなんとか、およそ『ようこそ』とは思えない様子で待っているはず……だった。
しかし今、彼の目の前にいるメリーローズの様子はどうだ。
頬は紅潮し、瞳は涙を浮かべて潤んでいる。
両手で口を隠す仕草、小さく震える細い肩が柔らかく儚げな雰囲気となり、いつもとはまったく別人の少女がそこにいた。
(メ、メリーローズ。一体どうしたんだ? まるで僕に会うことを喜んでいるみたいじゃないか……!)
* * *
喜んでいるみたい、どころの騒ぎではなく、メリーローズは実際、感動の瞬間に心が震えまくっていたのである。
何しろ夢にまで見たアルたんが、受肉って目の前にいるのだ。
感激するあまり気を失いそうになるのを、どうにかこらえるだけで精一杯。
普段と様子が違うメリーローズに、あわてて耳元で注意するシルヴィアの声などまったく入ってこなかった。
(うっそーん。3Dアルたん美しすぎっしょ! あああ、あの金髪の一本一本が絹糸のよう、お肌は陶器のよう、瞳は宝石……ってちょっと待った。何この陳腐な表現。コミケ壁サー作家の矜持はどこへ行ったのよ。ああん、語彙力を奪われる破壊力だわーーーー)
そしてメリーローズの心の雄叫びは、最高潮に達する。
(可愛いーーーーっ!)
シルヴィアがなぜか、爆風から逃れようとするような姿勢で転びかけるが、メリーローズは知っちゃあいない。
「あっ……あのっ……メリーローズ?」
「はっ……はいっ」
「その……今日は、君が倒れたと聞いて、足を運んだのだが……」
「もったいないお言葉です……私の為なんかに、わざわざ……うっ」
「どうかしたのか? まだ体調が戻っていないようだね」
「いえ、違うんです。アルた、いえアルフレッド殿下のお顔を拝見して、感激のあまり涙が……」
「えええーっ?」
アルフレッドにとっては信じがたい言葉であったが、それが嘘でない証拠に、メリーローズの頬には幾粒もの涙が真珠のようにぽろぽろと零れ落ちる。
その時メリーローズの胸中に渦巻いていた思いを、アルフレッドが読めなかったのは不幸中の幸いであった。
(やだやだ、アルたんったらメルヴィン兄様の隣に立たせたらサイッコー! 設定資料と同じくらいの身長差よね! やっはーー! ありがてええええ! この世界マジ良すぎ! ああもうアルたんの受っぷりすこすこすこ!)
目蓋の裏に兄メルヴィンの像を召喚し、アルフレッドの後ろに並ばせれば、絵になり過ぎる二人に眩暈を覚える。
「……あっ」
小さな悲鳴と共にメリーローズの体が傾いた。
「どうしたんだい? また熱が上がってしまったのか?」
手を差し伸べようとするアルフレッドより早く、シルヴィアが駆け寄り早口で答えた。
「そのようでございます。お嬢様にお休みいただきたいので、今日はこのあたりでよろしいでしょうか?」
シルヴィアの勢いにたじろぎながら、心配そうにアルフレッドは同意した。
「じゃあ、しっかり休むんだよ、メリーローズ。また、会いに来るからね」
「はい、お休みなさいませ!」
メリーローズの口をさりげなく塞ぎ、シルヴィアが代わりに返事をする。
「もがもがもが……っぷはーーーー! 何するのよ、シルヴィア!」
「『もがもが』ではございません! 今の態度は何ですか! 何という醜態! お嬢様らしくもない! アルフレッド殿下の中で、お嬢様の評価がダダ下がりしていることでしょう! ああ、嘆かわしい!」




