025 公爵令嬢、油断しかける
「ではまた、ごきげんよう」
ミュリエルを前にアワアワと唇を震わせるメリーローズを制し、シルヴィアが挨拶をする。
「ええ、ではまた」
ミュリエルは愛らしい笑顔で答え、ヘザーと二人教室を後にした。
「メリーローズ様、どうなさったんですかー?」
ランチタイムに、口を尖らせたアデレイドに質問される。
「あんな平民なんて、親切にし過ぎない方がいいですわよ?」
彼女にしてみれば、崇拝するメリーローズが自分以外の学生に色々と話しかけるのが、おもしろくないようだ。
とはいえ、身分差を笠に着た言い方は、あまりよろしくない。
「アデレイド。『ノブレス・オブリージュ』ですわよ」
言ってしまってから、メリーローズはその言葉はこの世界にあるものだろうかと気になったが、シルヴィアが目で頷いてきたので、大丈夫らしい。
しかし、その言葉が存在していても、アデレイドが知っているかどうかは、また別の話ようだ。
「のぶ……?」
「つまり、えーとね」
「『高貴なものは、義務を負う』という意味だよ、アデレイド嬢」
いつの間にか、後ろからメルヴィンが来ていた。
「高貴だと義務があるんですかー? それだけだと、よくわかりません」
「身分や権力、財産などを持つ者には、社会的責任が伴う、ということさ」
アルフレッドもやってきた。
「……わかりました! メリーローズ様がミュリエルさんに話しかけるのは、その『のぶ』なんですね」
メリーローズだけでなく、メルヴィンとアルフレッドにも構われて、アデレイドが嬉しそうに笑った。
一方、メリーローズとシルヴィアの二人には緊張感が走る。
(ミュリエルと接触したお兄様に、何か変化はあるかしら? フラグが立った様子は……)
じっと見つめる妹の視線に気づいたメルヴィンが、不思議そうな顔をする。
「どうしたんだい? 俺の顔をそんなに見て」
「え? い、いいえ」
メルヴィンの笑顔は、いつもと変わらないように見える。
では、アルフレッドはどうだろうか?
今度は正面に座ったアルフレッドを、じーっ……と見つめる。
メリーローズの視線に気づいたアルフレッドが、ほんのり頬を赤らめてはにかんだ。
「ど、どうしたんだい? 僕の顔に、何かついてる?」
(ああ、恥じらうアルたんは、なんて愛らしいのだろう。まあ恥じらっていなくても可愛いけど)
ウットリ見惚れてしまい、つい本音が漏れてしまう。
「いえ、アルフレッド様は、なんて美しいのかしら、と思って」
「ええっ? う、美しい? 僕が?」
顔を真っ赤にして照れるアルフレッドを見たシルヴィアは、(よし、アルフレッド殿下も大丈夫)と判断した。
確かゲームでは、ミュリエルとの最初の出会いでフラグが立った後、急激にメリーローズに対する態度が冷たくなったと聞いている。
しかし今の表情にその兆候は見られない。
「どうしたんだい? メリー。ずいぶん今日は積極的だね」
「積極……的?」
まだ「アルたん愛」に気をとられているメリーローズを、シルヴィアがフォローする。
「きっと、アルフレッド様が女子学生に人気がおありで、他のご令嬢に取られたらいけないと、思われたのではありませんか?」
ここまで言っても、まだウフウフと見惚れているメリーローズを、肘で突いた。
「あ、そ、そうね。アルフレッド様を取られたくありませんわ」
オウム返ししただけのメリーローズの言葉は、それでもアルフレッドの胸を直撃した。
「と、取られなくないって。……もしかしたら、やきもちをやいてくれているのかい?」
顔を真っ赤にしながら照れるアルフレッドと、そんな彼をニヤニヤと見つめるメルヴィン。
「大丈夫だよ。僕の視界に入る女性は、メリーローズただ一人だよ」
恥ずかしそうにメリーローズへの想いを告白するアルフレッドの言葉だったが、メリーローズの中では好きなように変換された。
(視界に入る女性はわたくし。つまり、単に見るだけー。そして心に入り込む男性は……。ぶふふ、その次に入れる名前は誰にしようかしら。お兄様? フィルバート? アーネスト? それともそれとも……)
妄想で顔がだらしなく歪みかけるメリーローズに気づき、シルヴィアが再度肘打ちを食らわせて、現実に引き戻した。
その後は、ランチの味や授業の内容といった、当たり障りのない内容の会話をし、それぞれの午後の授業に向かう。
とりあえず、アルフレッドとメルヴィンに関しては、ミュリエルと出会ったことによる悪い変化は見られない。
そのことを確認できただけで、御の字だ。




