024-2
昨日、魔法学の授業から戻ってきたシルヴィアの報告の中に、ミュリエルの髪飾りのことがチラリと出た。
「遠目でしたが、黄色い花だとわかりました。あれが木香バラという花なんですね。お嬢様が温室で育てているバラとはだいぶ印象が違いました」
「そうね、木香バラはバラの品種の中でも小型の花だし、わたくしは大輪の華やかなバラが好きだから、それと比べると違うわよね」
……などと、会話した記憶が蘇る。
(ま、まま、待って。これ、木香バラじゃないじゃない!)
木香バラの花の色と言えば、白か淡いクリーム色だ。
今ミュリエルが髪に付けている飾りの花もまた、淡いクリーム色ではあるが、これは木香バラではない。
(プ……プリムローズ! この花は木香バラではなくて、プリムローズ!)
あの、スランプになった自分を、救ってくれたファンレター。
自分の創作意欲を掻き立ててくれるファンレター。
あの手紙や封筒に描かれていたのと、同じ花だ。
(いやしかし、ゲームでは確かに木香バラの髪飾りを付けていた。ミュリエルの家に昔から咲いていた花で、自分の持ち物には木香バラの絵が付いたものを買ったり、ハンカチにも自分で刺繍したり……という設定だったはず)
どういうことー? どういうことー? と頭の中がグルグルしている間に、授業は終了した。
「あっあのっ!」
教室を出ようと立ち上がるミュリエルを、慌てて呼び止める。
「……何か?」
メリーローズの突然の呼びかけに、当人であるミュリエルの他、隣のヘザー、そして勿論シルヴィア、アデレイドも驚いて振り向く。
「あの……えっと、その…………かっ髪飾り、可愛いですね!」
(わざわざ呼び止めて、それ?)
内心、全員がそう突っ込んだ。
それでも、ミュリエルは落ち着いて笑い返す。
「ありがとうございます。黄色いリボンを使って、自分で作ったんです」
「まあ、器用ですのね。その花って…………えっと……」
「ああ、プリムローズです。昔から祖母が庭中にこの花を植えていて、私も大好きな花なんです」
それを聞いてシルヴィアはハッとした。
(てっきり木香バラだと思っていたが、プリムローズだったのか)
そして、以前も聞いた名前――作家マリーゴールド・リックナウを励ましたファンレターに描いてあった、あの花の名だということも思い出す。
(まさか……)
「ミュリエルは本当に、この花が好きなんですよ」
それまでずっと黙っていたヘザーが、初めて口をきいた。
「自分でこの花のスタンプを掘って、ノートでも教科書でも、黄色いインクをつけて、花の模様を押しているんです」
「まあ……っ!」
「あー、それではわたくしたちは、用事がございますのでこの辺で」
メリーローズは興奮を抑えきれなかったが、シルヴィアが無理やり会話を打ち切り、別れの挨拶をした。




