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023-2

 寮に帰る道々、シルヴィアは考え込んだ。

 今日のことを、どこまでメリーローズに報告すべきか。


 本来なら、情報は全て共有しておいた方がよい。しかしメリーローズの怯えようを考えると、直接接触したこと――しかも彼女の実像については何も掴めなかった状況で、(いたずら)にそのことを伝えて、更に怖がらせてしまってもいけないだろう。


 すると、再び横から間延びした声が聞こえてきた。


「どうして黙っちゃったんですか? やっぱり、頭が痛いんじゃないですかぁ?」


「……そうですね。少し、痛いです」


 苦笑して答える。

 すると、意外な言葉が返ってきた。


「わたくし、頭痛に効くハーブティーを持っていますわ。少し分けてあげても、いいですよお」


「……え、よいのですか?」


「はい!」


 寮に帰ると、アデレイドは「先にお部屋に戻っていてください」と言って自分の部屋に走っていき、メリーローズの部屋までハーブティーを持ってきてくれた。


「はい、これ効きますよー」


 ほのかにミントとカモミールの香りがする。


「ありがとうございます」


 メリーローズも顔を出し、アデレイドに礼を言った。


「ありがとう、アデレイド。気が利くわね」


 その言葉に、アデレイドの表情がパアァァァ……と明るくなった。


「授業を一回一緒に受けただけで、ずいぶん懐かれたじゃない?」


「そうですね」


 部屋に入ると、メリーローズは案外元気な様子だった。


「で、どうだった? ミュリエルは」


「そう、ですね。まだ何とも言えません。ただ、その……」


「何?」


「……邪気を感じました。まだお嬢様が行ったことのない旧校舎で授業が行われたのですが、その校舎の中に邪気を感じました」


「…………そう」


 そう言うと、メリーローズは俯いて、しばらく黙り込んでしまった。

 また必要以上に怯えだしたかと、シルヴィアは心配になる。


「…………それってー、もしかして、わたくしの本を誰かが愛読してる……とか?」


 だが、顔を上げたメリーローズはニヤついており、更に意外なほどにポジティブな返事がきて、思わず肩から脱力した。


「はい?」


「だからー、わたくしのBL本の愛読者がその授業を受けていたとか? うんうん、ありえるわー」


「なんで、そんなに自信をお持ちなんですか?」


「だって、新シリーズが始まってから、またファンレターが増えたのよ!」


 部屋の奥から大きな麻の袋を引きずってきて、中を見せる。

 袋いっぱいに、封筒が詰められていた。


「さっき、キンバリーから届いたの。登場人物が増えて、アルたんを巡る恋の鞘当(さやあ)てが激化してから、読者さんたちがヒートアップしてるんですってー!」


「『鞘当て』って、何ですか?」


 メリーローズの口からは、時々こうやってシルヴィアの知らない単語が出てくる。


「あ、そうか。『鞘当て』は日本刀にまつわる単語だから、この世界にはないのか」


「ナツミ様の世界特有の言葉でしょうね」


「なるほど。じゃ、『鍔迫(つばぜ)り合い』も当然ないわね」


「聞いたことがないですね」


 メリーローズはキリのいいところまで原稿ができたところで、キンバリーに渡す前にシルヴィアに読んでもらい、今のようにこの世界には存在しない言葉が使われていないかどうか、確認してもらっていた。


 キンバリーから、そういう単語を指摘される事態を、避けるためである。

 いくら極秘本を発行している仲とはいえ、「転生者」であることまでは、なかなか告げる勇気はない。


「なまじ日本語が使われているから、ややっこしいのよね」


 使ってはいけない単語を書きつけたノートに、「鞘当て」と「鍔迫り合い」を書き加えた。


「だいぶ増えましたね」


 ノートを覗き込んだシルヴィアが呟く。


「いつも、ありがと。シルヴィアなしにBL本は書けないわ」


「ははは……」


 曖昧に笑ってしまう。

 違法な本を発行する手伝いで礼を言われるのは、メイドとしていかがなものか。


 とはいえ、メリーローズが元気になったのがわかったので、思いきってミュリエルと接触したことも報告した。


「まあいいわよ。昨日はわたくし自ら接触してしまったからね」


「ランズダウン公爵令嬢に感謝を伝えて欲しいと言っていました」


「そう……」


 頷いたまま、黙ってしまったメリーローズだったが、昨日に比べると落ち着いて見えた。

 メリーローズにも、そう言ってみる。


「そうね。言われてみれば、そうかも」


 昨日は、ミュリエル関連について何でも悪い方、悪い方へと考えがちだったと言う。


「あれも一種の『強制力』だったのかしらね」


「そういえば、わたくしが見た『強制力』のモヤモヤも、あれ以来見ていません」


「…………明日はわたくしもミュリエルと一緒の授業があるわね。そのときに、そのモヤモヤがまた出てくるかどうか、確認してみましょう」


「はい。でも、お気をつけて」


「……きゃああ! 待って待って」


 また緊張感が蘇ってきたそのとき、メリーローズが素っ頓狂な声をあげた。


「明日の授業って! ミュリエルがお兄様とのフラグを立てる日だわ!」


「メルヴィン様ですか? わたくしたち一年生と、三年生のメルヴィン様では、取っている授業が違いますが」


「ミュリエルが教室の場所を間違えて、通りかかったお兄様が道案内するの。それがお兄様ルートで最初のフラグが立つ場面よ」

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