022-2
教室の構造は教壇を中心に半円形に広がり、学生側の席が後ろにいくほど高くなっている。
ミュリエルはヘザーと一緒に教室の中ほどの段の左側に座っていた。
シルヴィアはさりげなくアデレイドを誘導し、教室の後段、右側の席につく。
その際アデレイドを、自分より左側に座るよう促した。これなら、アデレイドと話をする振りをしながら、視線をミュリエルに向けても不自然ではない。
始業の鐘が鳴り、教師が入ってきた。
一回目の授業は、実践的なことはせず、座学でこの国での魔法の歴史や意味といった、概要を教えるに留まった。
(ふん、なるほど)
教師に気づかれないよう、鼻を鳴らす。
シルヴィアにとっては、あまり面白くない内容だったのである。
ローデイル王国はその昔、今の王族や貴族とは別の民族が、小さい邦に分かれて住む土地だった。都市国家の集合体のようなものだ。
そこへ二千年ほど前に、現在の王族を中心とした異民族がやってきて、小さい邦の集まりを一つ一つ支配下に置き、ローデイル王国の基礎を築き上げる。
後からやって来た民族は、魔法の力を持たない人々だったが、人数が多く団結力があり、元住んでいた民族を圧倒していった。
元の民族が持っていた魔法は、戦闘に向くものではなかったのだ。
征服者となった方の民族は、世界を構成する物質として「火・土・風・水」の四大があると考え、それぞれの要素の属性を持つ「精霊」を信仰する人々であった。
それに対し、元々住んでいた民族は「木・火・土・金・水」の五つの物質と、それらの間の陰と陽の複雑なバランスを保ち、魔力で式神を使役することで、世界を守るという考えを持っていた。
身分の低い者の間に魔力保持者がいるのは、そういうわけである。
魔法学の授業ではその辺りを、征服者側の立場に則って説明がなされており、本来魔力は邪道、精霊を中心とする「大精霊教」こそ正しい宗教だということを、くどくどと説明された。
(……はーん)
シルヴィアが持つ魔力は当然、被征服者側のものである。
両親は中央側の考えをもっていたが、母方の曾祖母が土着の民族の血をひいていた。
シルヴィアが呪文を教わったのも、その曾祖母からのものだ。
しかし曾祖母はシルヴィアが幼いうちに亡くなってしまい、それ以降シルヴィア以外に魔力を使う者は皆無であった。
そのシルヴィアも、陰陽の気を均そうとしているのを両親に見つかって、厳しく叱られて以来、表立って使ってはいない。
(結局のところ、この授業の趣旨は『魔力は邪道』、『大精霊教こそ至高』、というわけね)
自分が知らない分野の魔法を教えてもらえるかも知れないと、少し期待していたシルヴィアは、すっかり白けた気分になった。
因みに授業を聞いていて、シルヴィア以上に頭の中が真っ白になってしまったらしいアデレイドは、小さく舟を漕いでいる。
ミュリエルはどうしているかと様子を見ると、きちんと背筋を伸ばし、授業内容をノートに書きこんでいるようだ。
髪に淡い黄色の花飾りを付けているが、多分あれがメリーローズが言っていた木香バラという花なのだろう。決して派手ではなく、むしろ清楚さを際立たせていた。
(真面目な、いい子ちゃんだわね)
その姿は、ミュリエルの村で評判を聞きまわった時の、村人の証言の印象と重なる。
が、授業時間も終わりに近づいた頃、シルヴィアはあることに気づいた。
(この室内に、邪気を……感じる……?)
講義を聞いている振りをしながら、そっと感覚を研ぎ澄ませる。
一度気がつくと、教室のそこかしこに、邪気の片鱗を感じることができた。
そして中でも最も強い邪気を感じる方角を見れば、そこにミュリエルが座っている。
(まだ、断定はできない。隣にいるもう一人の学生が発している可能性もある)
そう思いつつも、背筋にヒヤリとした汗が流れるのを、止められないシルヴィアであった。




