022 公爵令嬢のメイド、邪気に気づく
翌日のランチタイムの後、シルヴィアがアデレイドと連れだって、魔法学の教室に向かっているときであった。
(……なんだ? この気配)
明らかに邪気のようなものを感じる。
(まさか、アデレイド様が?)
しかしその邪気は弱く、彼女自身から発せられているというよりは、他の強い邪気を発する何者かが、この辺りにいた痕跡のようだった。
この学院に入学して以来、ずっとメリーローズと一緒に行動していたが、魔法学が行われるこの旧校舎には、一度も足を踏み入れたことはない。
(ということは、お嬢様以外にも強い邪気を発する人間が、学院内にいるということか)
それは、誰か――?
(例えば、ミュリエル嬢……とか)
そう考えて、シルヴィアは頭を振った。
(お嬢様の怯えっぷりに、感化されすぎだな)
先入観を排除して、フラットな視点で観察しないと、大事なことを見逃してしまう危険性がある。
そう自分に言い聞かせていると、隣からアデレイドの間延びした声が聞こえてきた。
「大丈夫ですかー? 頭でも痛いんですか? 授業は欠席して、お休みを取った方がいいんじゃないですか?」
心配している体で、シルヴィアを排除しようとしているらしい。
思わず、苦笑が漏れた。
「ご心配、ありがとうございます。でも、頭痛ではございません」
「……そうですかぁ」
明らかにガッカリしている。
失敬な態度は頭にくるが、それ以上に可笑しくて、笑いをこらえるのが大変だ。
「それより、アデレイド様のような高位貴族の方で、魔力がおありの方は珍しいですね」
「そうですかぁ?」
先ほどと、言葉は一言一句同じだが、今度は嬉しそうな声音になった。
「えへへぇ。どうしてですかねえ? こんなわたくしにも、なにかしら才能があったんですわ」
その言葉から、普段は見えなかったコンプレックスの欠片のようなものが見えて、シルヴィアの興味をひいた。
以前はアデレイドの明け透け過ぎるところとか、主人への傍若無人な懐きように苦手意識があったのだが、何も考えていなさそうに見える彼女にも、それなりに悩みがあるのだと気がついたのだ。
だから、後に続けるはずの言葉は飲み込むことにする。
(この国では本来、王族や高位貴族に魔力持ちはいない。いるとしたら平民や、男爵以下の下位貴族の血をひくものだ)
それは、「あなたの先祖には、身分の低い人がいたのですね」と言ったも同然だ。
きっと傷つき、シルヴィアを今まで以上に敵視するだろう。
そして教室に入るとき、すぐ前にもっと警戒すべき相手がいるのを見つけた。
――ミュリエルだ。




