020-3
「しっかりしてください! メリーローズ様!」
シルヴィアに肩を揺らされ、再び我に返る。
「あ、わ、わたくし、どうしたのかしら……?」
「ここを離れましょう! 危険です」
シルヴィアに抱えられるようにして、メリーローズはその場を立ち去った。
会場から離れていくと、体から力が抜け、ホーッと息をつけるようになる。
学院の中庭まで来ると、二人でベンチにへたり込んだ。
「ゲームの『強制力』が、見えました」
シルヴィアが眼鏡のアーチを押さえながら息をついた。
「え? 見えるの? 『強制力』って!」
「はい、多分。あれがお嬢様の言っていた『強制力』だと思います」
シルヴィアが言うには、メリーローズが会場の中を見た途端、いつもとは違う『邪悪な気』を感じたのだという。
「いつもの『BL』とは別です。あれにくらべれば『BL』の邪気など、可愛いものです」
「そうなの?」
「そして、『BL』の邪気はお嬢様から発せられますが、先ほどの『邪悪な気』は、どこからともなくお嬢様の体に纏わりついてきました」
メリーローズはさっき聞こえた「コレハ ウラギリ デス」とか「アノ オンナガ ニクイ」といった声を思い出し、ゾクリとした。
自分の考えではないのに、自分の心であるかのように、あの声は聞こえてきた。
「ゲームの強制力、思った以上だわ」
だとすると、先ほどミュリエルと出会ったアルフレッドが、既に彼女に対して恋心を抱いてしまったかも知れないと考えた方が自然だ。
「そんな……どうしよう……。わたくしのアルたん……」
「お嬢様……」
「わたくし、アルたんから振られてしまうかも!」
言ってしまってから、違和感に気づいた。
「……ん?」
「……あら?」
いつものメリーローズだったら、「アルたんが女を好きになるなんて!」と言うべき場面ではないか?
「やだわ。言い間違えてしまいましたわ」
「いえ、本来こちらが正しいです」
「何言ってるの。アルたんは皆のアルたんよ。ただしその『皆』はイケメンに限る!」
「池と麺がどうかしましので?」
そんな、いつもの軽口が戻ってきたところであった。
一度緊張を緩めてしまったその時、メリーローズは再びミュリエルに遭遇してしまうのである。
校舎のある敷地と寮のある区域の境目は、低いフェンスで区切られており、簡易ながら門もある。
メリーローズとシルヴィアがその門に向かっていたとき、先に門をくぐろうとしているミュリエルが見えたのだ。
彼女は友人とおぼしき女学生一人と共に、楽し気に談笑している。
その姿を見て、再び頭に血が上るメリーローズの耳元に、あの声が聞こえてきた。
『アノ オンナニ ワカラセテ ヤラナケレバ。アルフレッド サマノ コンヤクシャガ ダレナノカ』
「お嬢様!」
シルヴィアの静止を振り切り、メリーローズがツカツカとミュリエルに歩み寄る。そして……
『ミュリエル・ルーカン!』
名前を呼んでしまった。
誰から声を掛けられたのかわからなかったミュリエルが、キョトンとした表情で振り向く。
まさに純粋無垢な乙女といった風情だ。
メリーローズに追いついたシルヴィアが、耳元で「気を確かに」と囁く。
「どこかで、フェリクス様が見ているかも知れません」
その瞬間、メリーローズが正気に戻る。
そして今、自分が置かれている、というか置いてしまった状況に気がついた。
「あの……何か、ご用でしょうか?」
不安げに問いかけるミュリエル。
隣の友人も、何事だろう? といった表情で見守っている。
「え……、えっと、その……あの……」
メリーローズは思い出していた。
この場面、ゲームでは初めてメリーローズがミュリエルを罵倒する場面だ。
しかしそんなことをしたら、どこかで見ているかも知れないフェリクスに、後で何をされるかわからない。
「あの…………?」
天使のような顔で、容赦なく先を促してくるミュリエルに、「つ、つまり、その」と口の中でモゴモゴするばかりのメリーローズだったが、遂に意を決して言った。
「ごきげんよう!」
一瞬、シュパッと敬礼のようなポーズを取ると、シルヴィアの手を掴み、ミュリエルの脇を通り抜け、寮へ向かって一目散で走り去る。
ミュリエルを始め、周囲で成り行きを見守っていた人々は、呆気にとられながら、その後ろ姿を見送った。
「今の、アルフレッド殿下の婚約者のランズダウン公爵令嬢よね。なんだったのかしらねえ?」
ミュリエルの友人らしい、眼鏡を掛けた赤毛の少女が呟く。
「……でも、噂で聞いていたより、優しそうな方ね」
ミュリエルが「ふふっ」と微笑んだ。




