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002-2

「よかった、気がついたね、メリーローズ」


 見知らぬ若い美形の男が、私の顔を覗き込んでいる。

 見知らぬ?

 ……いや、待て。知っている。

 一つの名前が頭の中に浮かんだ。


「メルヴィンお兄……様……」


「目を覚まされたようでございます」


 答えた若い女性は、確かシルヴィア。

 私付きのメイドだ。


 …………私付き?

 待って、「私」って誰よ!


「私……私は…………?」


 声は掠れ、心もとなく目が泳ぐ。

 と、猫足の豪華なドレッサーが目に留まった。


 その鏡に映っているのは、二十七歳の地味な日本人「横田菜摘」ではなく、サラサラストレートの金髪にブルーグレーの瞳の美少女ではないか。


(え? これ、私……?)


 誰よ、この子。

 っていうか、何だか見覚えがある……

 これは……確か……えっと…………


 そんな私の様子に、()()()が慌てた。


「どうしたんだい? 自分が誰か、わからないのか?」


「わ、私? 私は……メリーローズ・ランズダウン……、ランズダウン公爵家の一人娘で、メルヴィンお兄様の妹…………」


「なあんだ! ちゃんとわかってるじゃないか。倒れた拍子に頭を打って記憶でも失くしたかと思ったよ!」


 メルヴィン()()()は大袈裟に喜んで、私を抱きしめた。


 そう、私の中には記憶がある。

 「横田菜摘」とは違う記憶が。


 ランズダウン公爵家に生を受けたご令嬢で、このローデイル王国の第二王子の婚約者。

 近い将来、乙女ゲーム「レジェンダリー・ローズ」の主人公ミュリエルをいじめる悪役令嬢になる予定の、メリーローズ・ランズダウンとして生きてきた記憶がしっかりと、ある。


 それらの記憶や知識をそろそろと手繰(たぐ)り寄せながら、お兄様やメイドに不審がられないよう、いかにも具合が悪そうに頭を押さえた。


「頭がボーっとします。まだ、熱があるような気がするわ」


 妹バカ(らしい)お兄様は慌てて私をベッドに寝かせると、メイドに言った。


「そうだよね、長々と邪魔して済まなかった。シルヴィア、メリーの看病をお願い出来るか?」


「もちろんでございます」


 心配げなお兄様と、ロボットのように答えたシルヴィアが、私を残して部屋を出ていく。

 やれやれ、ちょっと頭と状況を整理しないといけないぞ。



 私はどうやら「レジェンダリー・ローズ」の悪役令嬢に転生したようだ。


 転移ではなく、()()。憑依ではなく、()()

 なにしろ自分の葬式を見てしまったのだから、これは間違いない。


 ……惜しい人を亡くした。合掌。


 そしてなぜ、今いる世界がかの乙女ゲームの中だと一瞬にして理解したかと言えば、私が同人活動をしていたジャンルそのものだったからである。


「レジェンダリー・ローズ」

 ――つまり「伝説のバラ」。


 乙女ゲームといえば、主人公の少女になりきって、攻略対象との恋愛を楽しむものだ。

 だから、主人公は女だ。

 なのに……!


 そのゲームが発売され、店頭に並んでいるのを見た時、私はその主人公(ヒロイン)を完全スルーした。

 スルー()()()()()とか、なきものとして()()とか、そういうレベルではない。


 彼女の後ろに並ぶ「攻略対象」たちが、あまりにも自分の好み過ぎて、目に入らなかったのだ。


 断っておくが、ヒロインはジャケットの真ん中に、目立つように、描かれていた。

 だが私の腐り果てた目には、ヒロインの後ろに並ぶ男性キャラ達と、タイトルである「レジェンダリー・ローズ」だけしか映らなかったのである。


 バラ(ローズ)、そして美形の男子たち、この二つが揃っただけで、私の頭の中に何が展開されるのか、もう想像がつくというものだ。


 美イケメンたちが織り成す、めくるめく愛の世界!

 これしかないでしょう!


 特にヒロインの後ろの中央辺りを占めている(勿論私の腐り目にはドーンとセンターを占めているように見えていた)淡い金髪と碧眼に柔らかい笑顔の美青年。

 彼を見た瞬間、頭の中で特大のボルケーノが噴火した。


(可愛い! この子が()()()()よ! 間違いない!)


 断っておくが、彼が女性に見えたわけではない。

 私的に言うところの「ヒロイン」とは、そう「()」!


 彼をめぐる恋のさや当て。彼以外のイケメンさんたちが、彼の愛を得ようとあんな手やこんな手、そしてあんなことやこんなことに持ち込んじゃう展開。

 ぐへへ、たまんねえな。


 そんなわけで、好物のエサを前に「待て」をされている犬のような面持ちで、その乙女ゲームをレジに持って行ったのであった。


 さっそくゲームを始めた私は、オープニングを見てやっとヒロインの存在に気がついた(ついでにその時初めてジャケ絵のヒロインにも気がついた)のだが、そんなことぐらいで怯む腐女子(わたし)ではない。


 私たちがこれまで題材にしてきたマンガやアニメでは、当然のことながら主人公が異性の恋人と結ばれたりするわけで、その公式設定を突破して男同士のあれやこれやの物語を紡いできたのである。


 舐めるなよ、腐女子を!


 にしても、やっぱりジャケ絵から輝いていた彼――アルフレッド・ロード第二王子――は、ゲームの中でもやはり輝いていた。キラッキラに輝いていた。


 ……「受」として。


 そして、彼を巡る(※本来のゲームではヒロインを巡っている)攻略対象たちもまた、個性的且つ魅力的で、誰をアルたんのダーリンに持ってきても、凄まじくいい!


 ちなみに、先ほど登場して妹バカっぷりを披露した兄のメルヴィンも、勿論――攻略対象キャラ。つまり私にとっては、アルたんの恋のお相手候補。


 アルたんより濃い色の金髪に、瞳は青みを帯びたグレー。(実はこれ妹の私もカラーリングが同じなのね。手抜きかな? まあいっか。兄妹設定だしね)


 高身長のスラリとした体つきは、アルたんより十センチ以上背が高く、ナイスな身長差。

 萌え!


 ダーリン候補には他にも、グレーの髪に紫色の瞳の野心家な彼とか、黒髪にサファイアブルーの瞳の大人キャラとか、茶髪に茶色の瞳で不良系平民の彼なんかがいる。

 いいねいいね。

 萌えるよね! ぐふっ!


 とまあこんなテンションで、私はヨっちゃんに乙女ゲーム「レジェンダリー・ローズ」を勧めまくり、私の勢いに負けてゲームを始めたヨっちゃんもまた、見事にハマった。


 こうして私たちのサークルは「レジェンダリー・ローズ」の本を出すことになったのである。


 ちなみにヨっちゃんの本名は「出口 恵梨」。


 苗字も名前も全然「ヨ」なんて音が入っていないのに、何故ヨっちゃんて呼んでいるかというと、単にペンネームが「YoYo(ヨヨ)」だから。


 こうしてヨッちゃんと私(ちなみにペンネームは名前から取った『夏ナッツ』。はい、なにも考えていませんよ)は、「レジェンダリー・ローズ」の同人誌を作りまくった。

 勿論()()()()()()である。


 本能のままに、大好きなアルたんがあの彼にこの彼に愛されまくる物語を書く。

 ヨっちゃんもまた、萌え狂おしい美麗マンガを描く。そして私の話にも、愛らしいアルたんとダーリンたちの美しいイラストをつけてくれる。

 読者さんたちがその本を買ってくれる。

 熱烈なファンレターをいただく。

 イベントで差し入れをいただく。

 「ファンです!」と言ってもらう。

 「やっぱり、アル受ですよねー!」とハイタッチしたりする…………

 楽しかった。

 夢のような日々だった。


 それも、もう、終わったのだ。

 私の命の終焉を以って。


 …………と思っていたら、なにやらボーナスステージがやってきた。

 そう、メリーローズ・ランズダウンとして生まれ変わったのだ。


 この世界には、大好きなアルたんことアルフレッド・ロード殿下が私の婚約者という立場で、3D(立体)として存在(受肉)しているのである!

 嬉しすぎて信じられない!

 なんて私は果報者!


 イエッフー! マジかよー!


 * * *


 マジである。


 横田菜摘が仕事と原稿執筆に追われ、無理をした挙げ句死亡した状況と、テスト勉強の為に無理をして倒れたメリーローズの状況がシンクロして記憶は蘇った。


 その際、肉体が死亡し、ふわふわと抜け出ていた霊体の横田菜摘に、ぅわんぅわん声で話しかけた謎の存在。


『オマエニハ ホカノジンセイデ ヤッテホシイ コトガアル』と言って乙女ゲームの世界に転生させた存在は、「何故彼女を転生させたのか」「その目的は何なのか」「実は何も考えてないんじゃないか」といった数々の疑問をスルーして、今は沈黙を守っている。

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