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018-2

 * * *


 少し感情的になりやすい性格を表したような、赤みを帯びた茶色い髪のフィルフィル。


 いつも誰かが真面目に意見すると、茶化したり反抗したりして、場の空気を悪くしてしまうのよね。

 そのくせ本当は繊細な性格なので、後で落ち込んだりするの……。


 そんなとき、心の優しいアルたんが、見かねてフィルフィルに素直になるよう、アドバイスするのよ。

 でも、また反発してしまうフィルフィル。


 王族という高貴な血筋や、周囲の期待に応えることのできるアルたんは、フィルフィルにとっては眩しすぎる存在……。


「もう、俺のことなんか放っておいてくれ!」


「……できないよ。だって、僕の目には、君が泣いているように見えるんだ」


 心の内を当てられ動揺したフィルフィルが逃げようとしたとき、アルたんがフィルフィルの腕を掴む。


「待ってくれ。まだ話は終わっていない」


「離せっ!」


 掴まれた手の熱さにフィルフィルは戸惑い、思わず振りほどこうとするけれど、そのせいでバランスを崩してしまい、二人して床に倒れてしまった。


 誰もいない教室。西日の眩しさに思わず目を閉じるアルたん。

 その美しさに息を飲むフィルフィル。

 黙ってしまったフィルフィルを不思議に思い、声を掛けるアルたん。


「フィル……バート……?」


 その掠れた声が引き金になり、フィルフィルの感情が熱く高ぶる。


「殿下……殿下がいけないのです。あなたが、美しすぎるから……」


「フィルバ……」


 アルたんはフィルフィルの名前を最後まで言えなかった。

 フィルフィルがアルたんの唇を、自分のそれで塞いでしまったから…………


 * * *


「デ ュ フ ゥ ッ」



 和やかなお茶会が繰り広げられていたランズダウン邸の庭に、得体の知れぬ野太い声が響き渡った。


「なんだ? 今の声は……」


「鳥? いや、何かの獣か?」


 メルヴィンとアルフレッドが辺りを見回す。


「あ、あんな声は聞いたことがありません」

「何とも言えない不気味な声でしたわ」


 メイドたちが青い顔で震えた。


「俺も、初めて聞いたぞ。自分の家の庭だっていうのに……」


 メルヴィンの言葉に、思案顔だったアルフレッドがポツリと呟いた。


「……まさか……魔物では…………?」


 この国の多くの国民は、大精霊を最高位とする「大精霊教」を信仰しているが、その精霊に敵対し邪悪とされる存在が「魔物」だと言われている。

 アルフレッドが魔物の名を出したことで、メイドたちがパニックに陥った。


「いやっ! 怖い!」

「だめよ、おお落ち着かなきゃ……」


 年下のメイドを(たしな)める先輩メイドも、声が震える有様である。


「君たち冷静に。聖水の瓶は持っているね。それを()いて道を浄めながら、屋敷に戻るんだ」


「は、はいっ!」


 メルヴィンの指示通り、メイドたちは通り道に、腰に下げたガラスの瓶から聖水を撒きつつ、屋敷へ戻る。


「アルフレッド、君もメイドたちのすぐ後ろについて、避難してくれ」


「ああ、…………メリーローズ? メリーローズはどうした?」


 メルヴィンとアルフレッドが振り向くと、メリーローズはまだ着席したままである。


「何をしているんだ、メリー。早く避難するんだ!」


 焦ったメルヴィンが怒鳴り声をあげるが、メリーローズは恐ろしさのためか、俯いて震えていた。


「わ、わたくしのことは構わず、逃げてください……」


「そんなわけにいくか!」


 メルヴィンが手を差し伸べるが、それより早くアルフレッドがメリーローズの元に駆けつける。


「しっかり掴まって」


 ひとこと耳元で(ささや)くと、細い体に似合わず軽々とメリーローズを抱き上げた。


「メルヴィン、僕たちも早く屋敷へ」


「ああ!」


 アルフレッドはメルヴィンの先導に従いながら、婚約者を抱いたままランズダウン邸の庭を走る。


 腕の中のメリーローズに目をやれば、彼女の顔は青ざめ、目には涙が浮かんでいた。


(可哀想に。恐ろしさの余り、立ち上がることができなかったんだろう)


 抱き上げた体は思った以上に華奢で軽く、風に(さら)われてしまうのではないかと思うほど、心もとない。


(大丈夫だよ、僕が君を守るから)


 メリーローズを大事にしたいと、決意を新たにするアルフレッドであった。



 当のメリーローズが何を考えていたか、何も知らずに……


(ぃやっちまったーーーーい!)


 アルフレッドにお姫様抱っこされながら、メリーローズは心の中で絶叫していた。


 そう、先ほどの「魔物の声」は、彼女が「フィルバート×アルフレッド」のBL妄想に萌えるあまり、思わず発してしまった笑い声である。


(自分の部屋以外で妄想するのが、こんなに危険だとは思わなかったー!)


 いつもは一人きりか、もしくはシルヴィアが一緒のときにしか、ストーリー仕立てのBL妄想などしてこなかった。


 それにここ最近は「メルヴィン×アルフレッド」、――小説でいうところの「エドウィン×アルバート」――のストーリーばかり書いていたところ、ふいに懐かしい他の|攻略対象《アルたんのダーリン候補》の名前を耳にして、否応もなく妄想モードに入ってしまったのだ。


(だってだって、フィルバートは『レジェンダリー・ローズ』の中では希少な年下キャラなのよ。不良系年下攻×品行方正王子様受は、マニアには堪らない逸品なのよう)


 ついつい妄想モードに突入したとはいえ、「デュフゥッ」はなかったと思う。確かに。品がなかった。そこは反省している。

 だがしかし――


(『魔物』の声だなんて、あんまりよおーーーー!)


 情けなさに涙がポロポロ、ポロポロとあふれ出るメリーローズであった。

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