017 公爵令嬢とメイドの作戦会議
「まず、ゲームのシナリオを説明するわ」
① 主に貴族の子弟が通う王立の高等学院に、平民でありながら「とある能力」のために、ミュリエル・ルーカンという少女が入学を許可されて入ってくる。
「その『とある能力』とは何でしょうか?」
「ごめーん、忘れちゃった。でも、国家的な何かを救済するとか、そういうものだったと思うわ」
② ミュリエルはそこで「攻略対象」たちと出会い、恋に落ちる。
*誰と恋に落ちるかで、ストーリーは変化する。
*攻略対象は、アルフレッド王子、メルヴィンの他にも三人ほどおり、それぞれと結ばれるルートの他、誰とも結ばれないルート(ゲーム上では失敗ルートとなる)、全員と結ばれるハーレムルートが存在する。
ここでシルヴィアが堪らず声をあげた。
「なんですか、その『ハーレムルート』とは! 平民の娘が、王族や貴族を手玉にとるのですか?」
「あら、言ったでしょ? この世界は彼女のための世界なんだから、設定上は平民でも、実際は彼女こそ世界の中心、女王か女神のような存在なのよ」
「でも……」
まだ納得しかねているシルヴィアに、メリーローズは説明を続ける。
③ もしミュリエルがアルフレッド王子のルートを選んだ場合、アルフレッドの婚約者であるメリーローズが障害となって立ちはだかる。
*メリーローズは公爵令嬢という身分を笠に着て、ミュリエルをいじめ倒し、最後には皆が見ている前でその悪事の数々を暴かれ、断罪され、婚約を破棄される。
「ではやはり、ヒロインに近づかないことが一番なのではありませんか?」
「そうなんだけど、場合によってはゲームが持つ『強制力』が働いて、彼女をいじめたくなってしまう可能性もあるのよ」
「なんということ……」
「それに、彼女がアルフレッド様に接近するなら、婚約者のわたくしが遠巻きに見ているだけなんて、不自然でしょう?」
そう言うと、小さく身震いしてメリーローズは話を続けた。
「それから、気をつけなければいけないのは、それだけじゃないの」
「……というと?」
④ 実は攻略対象はもう一人いて、その人物はミュリエルを愛しすぎるために、彼女をいじめる人間を抹殺しようとする。
「なんですって?」
「いわゆる『かくれキャラ』ってやつでね。ミュリエルを不幸にする奴は許さない! っていう過激派で、わたくしなんか、彼に何度殺されたかわからないわ」
「まずいじゃないですか!」
シルヴィアは青ざめて叫んだ。
「そ、その、かくれ……キャラ? は、誰だかわからないのですか?」
「ううん、何度もプレイしているから、もう正体はわかってるの」
「なんだ、それなら対処できるではありませんか。それで、誰なんですか? その危険人物は」
メリーローズの眉尻がさがり、困ったような笑顔になる。
「…………フェリクス様よ」
それを聞いた瞬間、シルヴィアの口が驚愕の余り大きく開き顎が外れかけた。
「まあ、シルヴィア。人形浄瑠璃のガブみたいに、見事な顎の落ちっぷり」
「なんですか、そのニンギョジョリルのガブって! ……というか、フェリクス様? アルフレッド様の弟君の?」
「そう」
将来メリーローズがアルフレッド王子と結婚したら、義理の弟になる間柄だ。無事にゲーム期間を切り抜けたとしても、その間に目をつけられていたとしたら、結婚後に狙われる可能性もある。
「最悪……ですね」
「そうなのよ」
シルヴィアは頭を抱えた。額や背中を冷たい汗が流れるのを感じる。
「どのルートをたどれば、そのフェリクス様の攻撃を躱すことができるのでしょうか?」
「うーん……、ゲームの最難関ルートになるんだけど」
「一応、あるんですね?」
「フェリクス様とミュリエルが結ばれるルートなの」
「そうなれば大丈夫なんですね?」
シルヴィアは胸をなでおろしかけたが、メリーローズが遠い目で呟く。
「いやーでも、それは最難関だから。……マジで」
メリーローズの説明によると、フェリクス王子は小さい頃から体が弱く、最近までほとんど表舞台に姿を現すことがなかった。
そのことがコンプレックスとなり卑屈な性格となるが、学院でミュリエルと知り合い、平民でありながら明るくふるまう彼女に惹かれていく。
とはいえ身分差もあり、例え彼女と結ばれても周囲を説得することはできないだろうと、本人が早々に諦めてしまうので、フェリクスルートは難易度が高い。
そして秘めた思いはその分だけ強く、そしてねじ曲がっていき、ついには彼女を傷つけるもの、傷つけようとするものを憎み、ミュリエルを傷つける者は許さないという思想に発展する。
「……とまあ、とにかく闇落ちのヤバキャラなのよ」
「一度だけお見掛けしたことがありますが、とてもそうは見えませんでした……」
「そこがミソなんだって」




