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015 公爵令嬢、デビューする

「ううーん。……清々しい朝ね」


 メリーローズは自室のベッドで、優雅に伸びをした。


「もう、昼でございます」


 シルヴィアがすかさず突っ込みを入れる。


 結局、屋敷に帰ってきたのは明け方近く。


 赤毛の編集長キンバリー・ボイルと、「モリスン書房」の専属作家として契約内容を詰め、サインを終えるまでにかなりの時間が掛かったのだ。


 シルヴィアの警戒と心配をよそに、メリーローズ自身は契約にノリノリで、「わたくしの才能が、この世界でも認められたわー」とご満悦だ。


 一方、メリーローズに不利な契約にならないよう、そして主人の身の安全を保障できるよう、契約内容に目を光らせ続けたシルヴィアは疲労困憊であった。


 おまけに明け方に帰ってきてから、ほとんど睡眠時間を取れないまま、メイドとしての仕事が始まる。


 のんびり惰眠(だみん)を貪ることができるご令嬢のメリーローズとは、立場が違うのだ。


 幸い目の下にできた濃い隈を見ても、同僚たちは「きっとゆうべメリーローズ様に絞られて、眠れなかったのね」と受け取ってくれた。



「ん、もう。シルヴィアったら心配性なんだから!」


 メリーローズはこれまでずっと自分が楽しむためだけに隠れて書いていた「BL小説」を、プロの編集者から「もっと書いてもいい」とか、「これは売れる」とか言われたことが嬉しくて、すっかり浮かれていた。


 自己肯定感に浸りたくて、昨夜のキンバリーの言葉を思い出す。

「これは、ウケます!」

 編集者として勤めてきた自分の勘に間違いはない、と力強く言い切っていた。

「今後、このジャンルは一大ブームを呼び起こすでしょう!」

 とも。


 ただし今後このジャンル(BL)で作品を発表していくのは、相応のリスクが伴うことや、注意が必要なことはわかっているつもりだ。


 何しろ公爵令嬢であるメリーローズが、禁忌とされる同性愛ネタで小説を書くなど、決して許されることではない。


 バレたら待っているのは、ギロチン、はたまた絞首刑? それともあるいは火あぶりか?


「私だって死にたくないわよ。せっかくアルたんに近しい立場に生まれた今生(こんじょう)の命を、そう易々と手放すものですか!」


 それに、その辺りについてはキンバリーも危機意識が強いらしく、小説を手直しするよう、要求してきた。


「まず、登場人物の名前は全て変えてください」


 元は自分だけで楽しむつもりだったので、現段階では登場人物の名前はアルフレッドやメルヴィンなど、実名で書かれている。

 それを本として出版するに当たり、他の名前に変えるのは当然だろう。


「それから、国名も変えましょう。実在しない、適当な名前を考えてください」


 つまり、アルフレッド王子やメルヴィンがモデルでは? と追及された際に、「いやいや◯◯国の物語です」と、シラを切るためにも必要なのだという。


「言い訳としては苦しいけど、そうしないよりはマシだから」


 さらに「あなたの偽名を考えておいて欲しい」とも要求されている。


「この、危険極まりない小説を、まさか本名で出すわけにはいかないでしょう?」


「ああ、ペンネームね。勿論」


 その辺のことは、むしろ前世で慣れていた。


 例え死刑にならない世界であっても、薄い本を発行する時、本名で発表することはまずない。


 自分のペンネームについては、何かピン! ときたものを適当につけて、登場人物の名前については、愛着が持てて、且つ、それぞれのキャラを連想しやすいものを、じっくり吟味しようと考えていた。

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