013 公爵令嬢とメイド、焦る
「シルヴィア! 今までどこへ行っていたの!」
ランズダウン邸に戻ったシルヴィアを、メリーローズの叱り声が迎える。
「まあまあ、とりあえず無事に戻って良かったじゃないか」
公爵が宥めるが、シルヴィアは頭を上げられない。
「何があったの? 誰にも行先を告げずに外出するなんて、あなたらしくないわ」
「母上、とりあえず玄関では何だから、中に入りましょう」
玄関ホールには公爵夫人とメルヴィン、メイド長をはじめ、執事長や他の執事も揃っていた。
これほど多くの人を心配させ、手を煩わせてしまったと知り、シルヴィアは恥じ入るばかりである。
「申し訳ございませんでした」
心から詫びた後は、メイド長から長々と説教を聞かされた。
そのまま一晩説教が続くかと思われたとき、メリーローズがメイド長の部屋をノックする。
「シルヴィアをお借りしてもいいかしら?」
* * *
二人は何も言わず、メリーローズの部屋に入る。
「私が聞きたいこと、わかってるわよね?」
おもむろにメリーローズがライティングデスクの一番上の引き出し――先ほどシルヴィアが「BL小説」を持ち出した引き出しを、指さした。
「あれを、どこへやったの?」
メリーローズの追及に、唇を噛み沈黙を守っていたシルヴィアが、ボソリと告げる。
「焼却するために、持ち出しました」
「焼却ですって? どこで!」
「町はずれの、不要物を焼く火炉です」
メリーローズは「ああ!」と大仰に額に手を当てて叫んだ。
「では、わたくしの大事な『BL小説』は、灰になってしまったのね!」
一人称を「わたくし」と呼ぶ癖をつけるように、と指導したことをちゃんと守ってくれているのだな、とボンヤリ思いながらシルヴィアは呟いた。
「……いいえ」
「え?」
「できませんでした」
言いながら、例の書類入れを主人に差し出す。
「読みました、小説。……きちんと読んだうえで焼却し『あんなものは、これからは書いてはいけません』と、お諫め申し上げるつもりでした」
「でも、できなかった」
「…………はい」
メリーローズはニヤーッと笑いながら、つま先立ちでつつつ……とシルヴィアに近寄る。
「よかったでしょ?」
「え……っ?」
「んふふーん、よかったんでしょおー? だから、焼けなかったんでしょおー? ねえねえ、ねえねえ」
下から覗き込むようにニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるメリーローズを制止する。
「おやめくださいませ!」
「やあーん、真っ赤になっちゃって、シルヴィアちゃんたら、可愛いー!」
嫌がるシルヴィアに指でつんつんと突いていたメリーローズだったが、ふと真面目な顔になって、改めて聞く。
「どう? 正直な感想を聞かせてくれないかしら」
その、いつになく真剣な眼差しに、シルヴィアも襟を正した。
「わたくしは、お嬢様の仰る『愛』がわかりませんでした。実家の両親を見ても、兄弟を見ても、わたくしの周囲のどこにも、『愛』と呼べるものはありませんでしたから」
「ふんふん」
「でも、今日お嬢様のこの『BL小説』を読んで……『愛』を感じました。そう、これが『愛』なんだと、……学ばせていただきました」
このシルヴィアの言葉に、メリーローズは目を見開き、たっぷり十秒ほど口を大きく開けた後、感激の声をあげる。
「まああああ……! なんて、なんて素晴らしい感想なの! 嬉しいわ!」
「お嬢様?」
そのリアクションの激しさに、シルヴィアは思わず後退った。
「わたくしの『BL小説』で、あなたは『愛』の何たるかを知ったのね!」
「そ、そうですね……」
「ブラヴァー! 今まで、あ、前世での話ね、たくさんの感想をもらったけど、トップクラスに嬉しい感想だわ。わたくしの『BL小説』で、『愛』を知った……でゅふふ。ありがとう、シルヴィア」
抱きついてくるメリーローズにたじろいでしまう。
「『愛』がわかったのなら、『尊い』も理解できたんじゃない?」
「てぇ? あ、そ、そうですね……」
メリーローズはシルヴィアの首に回していた手を離し、正面から目と目を合わせながら言った。
「ようこそ、めくるめく『BL』の世界へ」
「いえ、その……わたくしは、べつに……」
しどろもどろになるシルヴィアをよそに、先ほどの書類入れから紙束を出して、ニカッと笑った。
「これで、続きが書けるわ。シルヴィアも楽しみでしょお? ぐふふ、待っててね」
そう言って紙にキスをしたメリーローズだったが、その動きが止まった。
「待って。……『契約書』……? 何これ……」
手元に戻ってきた原稿の、続きを書こうとしたメリーローズが目にしたのは、自分が書いた「BL小説」とは全く違うモノ――どこぞの出版社と作家の契約書、その出版社専属で小説を出版するという契約書――であった。
「何これ、どういうこと?」
「まさか、そんな……いつのまに…………あっ!」
書類入れを手放した瞬間があったとすれば、公園で赤毛の美女とぶつかったあの時。
「思い当たることがあるの? どこ? とこで落としたの?」
さすがに暢気者のメリーローズも、「BL小説」が他の誰かに読まれたら大事であることは理解しているらしい。
青い顔でシルヴィアの肩を揺さぶってくる。
「すぐに探して参ります!」
「わたくしも行くわ!」
こんな時間に家族に内緒で外出するなど、貴族のご令嬢にあるまじきことではあるが、背に腹は代えられない。
二人は夜陰に紛れて、屋敷を抜け出した。
* * *
「お嬢様はやはりお帰りください。これはわたくしの失態でございます。お嬢様を巻き込むわけには……」
「何言っているの。あれを書いたのは、わたくしよ! 自分の身の破滅が迫っているのに、あなた一人に探させるわけにはいかないわ」
「もし他の誰かの手に渡っていたときは、わたくしが書いたことにいたします。お嬢様とランズダウン家は、絶対にお守りします」
公園に着いた二人は、シルヴィアが『小説』を読んでいたベンチ辺りから、火炉に向かう小道の間を這いつくばっていた。
「ない……ないわ……」
「どうしよう……」
二人の声は次第に焦りの色が濃くなってきた。
あの「小説」には、この国の第二王子と公爵家令息の実名が使われている。
ただでさえ禁忌である同性愛を扱っているうえに、王族と貴族を勝手にモデルにしたとなれば、不敬罪との合わせ技で、即死刑となるだろう。
地面に這いつくばっていた二人は、影が一つ近づいていたことに全く気がつかなかった。
「お探し物は、こちらではございませんか?」
突然の女性の声に、二人は飛び上がって振り向く。
「今晩は。月がきれいな夜ですこと」
そこには、優雅な微笑みを浮かべた赤毛の美女が、書類入れを持って立っていた。




