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012 公爵令嬢のメイド、「尊い」に触れる

 とにかく、誰にも見られないうちに完璧に処分しなければいけない。


 ――どうやって?


 紙と言えば、やはり火だ。

 焼却してしまえば、灰になってしまえば、もう誰もこんな破廉恥な文章を見ることはない。


 天下のランズダウン公爵令嬢が、禁忌の『BL(同性愛)小説』を書いていたことなど、誰にもバレない。


 ――どこで焼く?


 裏庭で? だめだ。

 万が一にもどこかに火が燃え移って、火事になる危険は避けなければならない。


 それに、これから厨房に行って薪を分けてもらって火をつけているうちに、お嬢様に見つかってしまう可能性もある。


 そのとき、町はずれに不要物を焼却するための火炉があることを思い出した。

 鉄で出来た、大きいストーブのような形をしていて、一般市民が不要なものを持ち寄ってそこに()べるのだ。


 ここ数年で外国との貿易が盛んになり、モノが増えたことに比例してゴミが増え、町のそこここに勝手に捨てられることが問題になったことがある。

 その解決策として、不要物はその火炉に持ってきて焼くことになったのだ。


 火炉がある場所はランズダウン邸からは少し遠いが、行くしかない。


 その火炉は、市民公園の外れにある。


 貴族の邸宅が並ぶ高級住宅街を抜け、商業地区を通り過ぎ、一般市民が多く住む住宅街に来た。

 市民公園は、その向こうだ。


 お嬢様の部屋で『BL小説』を見た時に、頭に上っていた血は徐々に下がり始め、わたくしは少し冷静さを取り戻していた。


 歩いている間に、だいぶ時間が経っている。

 本来の仕事がまだ山積みだ。


 急いで帰って、まずお風呂の支度をしてお嬢様の湯あみを手伝い、夕食用のイブニングドレスに着替えさせなければいけない。


 ――ああ、でも、屋敷に戻ったとき、大事な『BL小説』を焼いたわたくしを、お嬢様は許してくださるだろうか?


 ひどく惨めな気分だった。

 わたくしは一体何をしているのだろう?


 メリーローズ様に、終生お仕えするつもりだった。

 そうすれば、わたくしには明るい未来が待っているはずだった。


 でも今、わたくしは自分の手でその未来を壊そうとしている。


 この『BL小説』を焼いてしまえば、わたくしはもうお嬢様の元で働くことは出来ない。


 ――それでも!

 それでも、やらなければいけないのだ。お嬢様とランズダウン家を守るために。


 公園に辿り着き、火炉が見えてきたところで足が止まる。

 いざ『小説』を火に()べようとするところまできて、迷いが出た。


 心を鬼にし、全てを灰にしなければいけないというのに。

 ――なのに…………


 わたくしは公園のベンチに腰を下ろし、書類入れから『小説』を出した。


 もうすぐ、この『小説』はこの世界から姿を消す。

 その前に、死刑執行人であるわたくしだけでも、その姿を焼きつけるべきではないだろうか……と考えたのだ。


 これまでわたくしは闇雲に『BL』に反対してきた。お嬢様とランズダウン家を守るためではあったが、お嬢様の言い分を何も聞こうとはしなかった。


 内心では、自分が仕える主人がそれほどに執着されるものを、メイドとして理解するべきでは? などと思うこともあったが、何しろ国家によって否定されている『同性愛』を、認めるわけにはいかないと考えたからだ。


 わたくしの手で『BL小説(危険物)』は消える。

 でもその前に一度目を通し、そのうえで「あんなものを書いてはいけません」と否定すべきだ。

 主従というより、人としてそれが最低限の礼儀であろう。


 わたくしが座ったベンチは、すぐ後ろにガス灯が立てられていた。

 夕刻の今でも、ここならば字を読むことが出来る。


 こうして、わたくしはそこでお嬢さまが書いた『BL小説』を読んだ。


 ――読み(ふけ)った。

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