010-2
「というわけでね、このゲームヒロインの『ミュリエル・ルーカン』っていう子と、どう接するかがカギなのよ」
この世界について、メリーローズからシルヴィアへのレクチャー中でのことである。
毎夜二人は、互いが知っている情報を教えあっていた。
「何せ『ヒロイン』だからね。この世界は彼女を中心に回っていると言ってもいいくらい。だから彼女を邪魔するものは皆『悪役』になっちゃうわけ。その代表者がこの私、メリーローズ・ランズダウンなの」
「先生! 質問です」
手を上げるシルヴィアを指差すメリーローズ。
「はい、シルヴィアくん」
ゲームについて教えてもらうだけなのに、「教室ごっこ」につき合わされるシルヴィアは、うんざりした表情を隠しもせずに言った。
「あー、ヒロインであるミュリエル嬢は、話を聞く限り善良な一市民であると思われるのですが、なぜお嬢様がそのミュリエル嬢を邪魔するのでしょうか?」
「ふーんむ、よいところに気がつきましたねえ」
一方のメリーローズはノリノリで教師役を演じる。
「ミュリエルが実際のところ、どんな子なのかは、会ってみないとわからないわ。というか、会ってもすぐにはわからないかも知れない」
「なぜ?」
二人きりのときのシルヴィアは、敬語さえ忘れがちだが、今のメリーローズはそんなことは気にしない。
「まず、この世界がゲームに忠実なら、確かに彼女はあなたの言う通り『善良な一市民』よ。でも、もしかしたら私同様に前世の記憶を持つ『転生者』かも知れないわ」
「それの何がいけないので?」
シルヴィアにしてみれば、自分と同じ『転生者』で、同じ世界の記憶を持つならその相手を同胞と考えてもよいのではないか、と思う。
そう意見してみると、「うーん……」と腕組みをして悩んでいる様子だ。
「えーっとね、私がいた世界では『ゲームに転生したキャラが主人公』の物語の他に、『ゲームに転生したキャラが複数いて敵対する』物語があったりしたのよ」
「……はあ」
「まず、転生した主人公が『悪役令嬢』だった場合、悪役として破滅する運命を変えようとする話があって……」
「ふむふむ」
「本来の主人公が元のお話通りいい子であれば、『悪役令嬢』はその子をいじめたりせずに、仲良くなれば破滅しないで済むわけ」
「ふむふむ?」
「問題なのが、そのアレンジバージョンとして、主人公も転生前の記憶を持っていて、且つ、主人公が底意地の悪い子だったりすると、主人公の立場を利用して『悪役令嬢』をこっそり追い詰めようとしたりするわけ」
「ふ……むふむ?」
メリーローズの説明を聞くうちに、シルヴィアの眉間の皺が次第に深くなる。
「いつになく、理解速度が落ちているわね、シルヴィア」
「わたくしは、その、そもそも『物語』というものに馴染みがなく、架空の話の中でアレンジ? バージョンだとか、悪役が主人公だったりヒロインが悪役だとかいう話を聞いても、こう、ピンとこないというか……」
「ほーう?」
腕組みをしたメリーローズが、シルヴィアに向かって身を乗り出した。
「シルヴィアって、よく本を読んでいるじゃない? 今までどういったものを読んできたの?」
「それはもちろん、この国の成り立ちを含む歴史とか、地理、科学、土木、数学、古語を含む語学についてでしょうか。勿論、詩も読みます。詩は教養ですから」
「つまり『物語』は読まない、と」
「『物語』というか、いわゆる『小説』というモノですね。『小説』に書かれているのは、絵空事。そんなものは、ちょっと想像すれば誰でも書ける、子供だましじゃないですか。読むに値しません」
「あ・はーーーーん?」
メリーローズの体が更に乗り出してきて、思わずシルヴィアが後退る。
「な、なんでございますか?」
「シルヴィアはお子ちゃまね。『物語』の……『小説』の面白さを知らないなんて……」
メリーローズの手がシルヴィアの顎の下に延ばされ、そのまま、すぅっ……と上に撫で上げる。
「なな、何をなさいますか!」
「私が教えて あ・げ・る。……うふ」
その瞬間、シルヴィアの背筋に怖気が走り、慌てて顎から頬まで撫でてきたメリーローズの手を振り払った。
「ひどおーい、何するのおー?」
語尾を伸ばしイヤイヤして見せるメリーローズを、思い切りねめつける。
「まさかと思いますが、例の同性愛の小説を用意するつもりじゃありませんか?」
「やだ、どうしてわかったの?」
「ものすごい邪気が発せられましたから!」
頬をふくらませて「邪気なんかじゃないもん」とプリプリ怒って見せるメリーローズに、シルヴィアは溜息をついた。
「この国では、同性愛は『邪なもの』として禁じられているのです。誰かに見つかったら身の破滅、お家断絶なのです。なぜおわかりいただけないのですか?」
「読みもしないで決めつける方だって、私に言わせれば、わからず屋だわ!」
「…………その、小説を書くことはともかく、その題材を『殿方同士の同性愛』から変更することはできませんのでしょうか?」
シルヴィアにしてみれば、精いっぱいの妥協点を提示したつもりだったが、メリーローズは首を振る。
「だめよ、『BL』は私の生きがいなの! これなしには、生きていけないのよ! 例え他の人にとっては無価値で罪だったとしても、私にとって、取り上げられては生きている意味を見失ってしまうものなの」
その言葉はシルヴィアの心臓に、針となって突き刺さった。
シルヴィアにもその気持ちは理解できる。
(私にとって、それは勉強だった。それを禁じられるということは、生き甲斐を失うこと……)
しかし頭を振ってその考えを追い出す。
(勉強は別に法に反することではない。でも、お嬢様がしようとしていることは、立派な犯罪……。例え恨まれてでも、これだけは私がお止めせねば)




