001-2
そもそもなぜメリーローズは、危険極まりない同性愛小説などを書こうと思いついたのか。
それは彼女が異世界から転生してきたからである。
その異世界の名は「地球」という星の中の「日本」。
そこで彼女はBL同人作家をしていたのだ。
メリーローズの前世は「横田菜摘」という日本人女性。
享年二十七歳、未婚、彼氏なし。
大学卒業後、飲食チェーン店の経理課に勤めて五年。
仕事が終われば、デートに行くでもなし、友人と小洒落たバーでグラスを傾けるでもなし、スーパーで夕食の総菜などを買い物した後、家に直行するだけの日々は、他人から見ればさぞ味気ない生活に映るであろう。
しかし菜摘はそれなりに充実し、それなりに幸せを感じていた。
そう。彼女は「趣味」に生きる類の人間であった。
その趣味は世間におおっぴらに言うのが少々憚られるもの――「同人活動」だ。
それもバッキバキの筋金入りの「BL」、つまり男性同士の恋愛ものである。
菜摘がBLに本格的にハマりだしたのは、中学生の時。
同じクラスの友人が先に姉の影響でBL同人誌の洗礼を受け、こっそりその秘蔵書を学校へ持ち込み、菜摘に読ませたのだ。
* * *
「ああ……、あの時の身の内が震えるような感動は、今も鮮烈に思い出されるわ。あの日の出会いに、感謝します。運命に、乾杯」
「わたくしとしては、お嬢様、そのご学友様にお会いすることが叶いますならば、『何してくれやがりますか』と一言文句を申し述べたい気分でございます」
編集に原稿を渡し、帰ってきたシルヴィアがさっそく突っ込みを入れてきた。
「シルヴィア。『何してくれやがる』とか、そんな変な日本語はなくってよ。いつも私の言葉遣いに突っ込みを入れてくるあなたの口から、そんな妙な言い回しを聞くなんて思ってもいなかったわ」
嘘である。
シルヴィアは毎日こういった尊敬語と罵倒が入り混じった言葉を話す。
勿論、メリーローズのせいである。
「お言葉ですがお嬢様、わたくしは『ニホンゴ』など話しておりません」
「はいはい、そもそもこの世界には『日本』がありませんからねー」
この世界に「ニホンゴ」はない。
菜摘が転生してきたのは、乙女ゲーム「レジェンダリー・ローズ」の世界。
ここでは、ニホンという国が存在したことはないからだ。
自分を含め、周りの人は全員、アングロやらサクソンやらといったヨーロッパ系の白人の顔立ちを持っている。
それなのに皆なぜか日本語を話している。
書物などに書かれている文章も、すべて日本語だ。
前世の記憶を取り戻した菜摘ことメリーローズが、一番最初に疑問に思ったのは、そのことであった。
(名前はしっかり英語なのに、なんで?)
異世界ものの設定によくあるように、自分に解る言語(日本語)に翻訳されているのでは? とも考えたが、どうもそうではない。
幼少時のメリーローズには、前世の菜摘同様、漢字ドリルをこなした記憶がある。
日本がないのに、日本語を話す。
漢という国がなかったのに、漢字がある。
メリーローズは頭を抱えたが、いろいろと考えるうちに一つの結論に達した。
「ここは乙女ゲーム『レジェンダリー・ローズ』の世界。『レジェンダリー・ローズ』を制作、販売したのは日本の企業、そしてゲームは当然、日本語で進行する。だからこの世界では、日本語が使われるのだ!」
とりあえず、それ以上考えるのは不毛だと悟った。
だいたい人物名は全員英語名なのに、自分の部屋はロココ風つまりフランス風。
くどいようだが乙女ゲームの世界なので、イギリスもフランスも存在しない世界だ。
(ゲームの製作陣がその辺の認識を曖昧なまま作ったからよね、きっと)
それなら、そんな世界に今生きている自分も、深く追求しない方がいいと考えを改める。
そもそも享楽的な性分だった菜摘が、公爵令嬢メリーローズになったところで、その性格が大きく変わるわけではない。
(考えるだけ、ムダムダ。やーめた)
この一言で、それらの設定について深く考察することを放り出した。
そう、考えるべきことは他に沢山あるのだ。




