009-5
(それなのに……それなのに…………っ!)
私は唇を噛んで、変わり果てた主を見る。
あれほどに聡明で、あれほどに貴婦人然とされていたメリーローズ様が……
「ぬふーん、萌え! アルたん、萌え!」
何やら妙な歌をうたい、おかしな舞を踊るメリーローズ様の顔をしたナツミ殿。
悪い人ではないらしい。
しかし! 何もかもがメリーローズ様と違い過ぎる!
メリーローズ様は貴族令嬢の模範であり、私の生涯を捧げるべき敬愛する主人であった。
私に生きるべき道を、照らし出してくださった方だったのだ。
……あんな妙ちくりんな「ぬふーん」とか「もえー」とか歌う人ではない。
もう何度目かわからない溜息を再びつく、とそれにメリーローズ様が気づいた。
「もう、シルヴィア。溜息をつくと幸せが逃げちゃうわよ」
「は?」
「……あー、この世界にこういう言い回しはないのか。ま、でも実際は溜息をつくとストレスが緩和されるらしいから、まあついてもいいわよ!」
結局、溜息をつかない方がいいのか、ついた方がいいのか、わからない理論を展開してニヤリと笑う。
「シルヴィアは、我慢する癖がついてるのよね。確か、実家でも勉強するなとか一方的に言われてたんでしょ? そんなの、聞く必要ないって!」
「…………え?」
「女に勉学は必要ないって? 確かにこのゲームは前時代的な世界設定ではあるけど、そんなのナンセンスよ! シルヴィアは優秀なんだから、どんどん勉強しなさい! なんなら、私と一緒に学院で一緒に勉強する?」
驚きのあまり、私は目を瞬かせた。
「………………え?」
「どうしたの? 前に言っていたじゃない。実家では勉強させてくれないし、自分より勉強が苦手な兄弟にいじめられたって。実家には帰りたくない、私と一緒にいたいって言ってたの、忘れたの?」
「…………いえ、むしろお嬢様が覚えていらっしゃるとは、思いませんでした」
「何言ってんの。私はナツミであり、メリーローズなのよ。ちゃんとメリーローズの時の記憶もありますって!」
そう言いつつ「でもまあ、ところどころ忘れちゃってるけどねー」とカラリと笑う主人を、目で追い続ける。
……そうか。この方もまた、私を理解してくださっているのだ。私がお仕えすべき主人なのだ。
何だかちょっと、調子が外れるけれど。
でも、私にとって一番大事なところは汲み取ってくれる。
ならば今まで通り、全身全霊をもってお仕えしなければならない。




