009-2
「シルヴィア。王都に行って公爵家のメイドとして働く気はないか?」
ある日父に呼び出されたシルヴィアは、唐突にそう言われて愕然とした。
シルヴィアの脳裏に真っ先に浮かんだのは、「厄介払い」という言葉である。
(わたくしを、この家から追い出すつもりなのだわ!)
というのもこの話は、シルヴィアへの対応をどうしたものかと悩んでいた男爵が、貴族の中でも名門中の名門ランズダウン公爵家でメイドを募集している、という噂を聞きつけたことから始まったのだ。
貴族階級の中でも一番下っ端の男爵家から見れば、王家に一番近いとされているランズダウン公爵家ははるか高みにある家柄である。
男爵家や子爵家の娘が『行儀見習い』として働きに出ることは、よくあることだ。
本来なら末端とはいえ貴族の娘、外で働くなど滅相もないことであるが、王家や公爵家などのやんごとない家に、メイドとして入ることはむしろ箔がつくとされている。
もちろん最も権威ある職場は王家であるが、その次に『娘をメイドとして就職させたい家』といえば、そのランズダウン家であった。
王家に万一のことがあれば、変わって王位を継ぐことが決まっている名門中の名門。
並みの貴族ならそんな地位に永くあれば、王位簒奪などのよからぬ考えを持つものであるが、ランズダウンの家系は王家への忠誠心が厚い。
他貴族たちからの人望もあり、国民からも広く敬愛されているのだ。
現にその家の娘も、幼いうちに第二王子と婚約が決められていた。厳格な躾や教育を受けていて、模範的な貴族令嬢に育っていると聞く。
今回募集しているのは、まさにその将来の第二王子妃であるご令嬢付きのメイドなのだそうだ。
(ランズダウン家のメイドに採用されれば、今や陰気のかたまりとなっているシルヴィアの心も多少は晴れるだろうし、その上あの家で、ご令嬢について働けば、少しはあのはねっかえりも収まるだろう)
ご令嬢の年齢はシルヴィアより四つ下の十歳。ちょうどよい年頃ではないか、と男爵はほくそ笑む。
(更に更に、もし万が一ランズダウン家の跡取り息子――ご令嬢には兄上がいたはずだ――辺りに見染められでもしたら…………ああ、いや、これはさすがに先走り過ぎだろう)
そこまでは望まないとしても良いこと尽くめではないか、応募しない手はない、と考えたシルヴィアの父は早速娘をメイドに応募し、厳正な審査の結果見事ご令嬢付きメイドに選ばれたのだった。
* * *
ランズダウン公爵家にメイドに出されると聞いた時、私、シルヴィア・マコーリーは深く絶望したものだった。
今になれば、なぜあれほど落ち込んでしまったのかと思うが、当時は「体よく家を追い出された」としか考えられなかったのだ。




