009 公爵令嬢のメイドの事情
シルヴィアの実家は男爵家という、貴族としては低い爵位の家系だがその歴史は古く、代々の当主はそのことにプライドを持っていた。
そのためか家風もまた旧態依然としており、この家に生まれた子供たちは皆『男は男らしく』『女は女らしく』をモットーに育てられる。
シルヴィアもまた女らしくなるよう躾けられたものだが、では『女らしく』とはどう定義されていたのであろうか?
シルヴィアが生まれたマコーリー家での『女らしく』とは、常に男性――父、祖父、伯父や叔父はもとより、兄弟、そして老いては息子に対しても三歩くらい控えて絶対服従、全て判断は男がするので女は何も考える必要はない、つまり勉学は不要…………という認識である。
その家風を、シルヴィアは幼い頃から(トンデモハップン、オトトイキヤガレですわ!)と思っていた。
幼くして兄弟の誰より優秀な頭脳を持っていたシルヴィアは、家庭教師について勉強している弟はもちろん兄よりも早く、教師の話の内容を理解し、暗記し、応用し推測して、正解にたどり着くことができた。
『女は男より頭脳も身体能力も劣っている』『弱い女は男に守られるべき存在』と教わってきた兄弟たちは、教師に手取り足取り教わっている自分たちより、横で聞いているだけのシルヴィア、自分たちよりはるかに劣っているはずの女のシルヴィアが、ものすごい早さで問題を解いてしまっているのを見て腹を立てる。
そして当然、それを両親に告げ口し、それを聞いた両親が怒り、シルヴィアに兄弟が勉強している時間は彼らの部屋に近づくことを禁止し……と、お定まりのコースをたどった。
仕方なく図書室にこもって本を読み漁るようになると、今度は家庭教師が定めたカリキュラムというくびきを放たれたためか、むしろ自由に知識を追い求めだして、手がつけられなくなる。
当時のシルヴィアの口癖と言えば「それは違いますわ、〇〇です。本に書いてありました」という、可愛げのかけらもないものであった。
この状況に再度腹を立てた父男爵が、シルヴィアに図書室への入室を禁じる事態にまで陥る。
シルヴィアにとっては手足をもがれるような厳しい処断で、生きていく希望を打ち砕かれたように感じ両親を恨んだ。
しかし、父は父なりにシルヴィアの幸せを考えてのことで、いずれ他家へ嫁ぐ彼女が、婚家と何より夫から大事にされ愛されるためには、勉学や知識は足枷となると心配したからであった。
とはいえ、例えそれが純粋な親としての愛情から出たものだとしても、シルヴィアにとっては自分の存在意義を根底から否定され、生きていく希望を根こそぎ引っこ抜かれたようなものである。
(ああ、わたくしはもう生きる意味もない甲斐もない、生ける屍のような人生だわ……)
そう絶望したのは、シルヴィア十二歳の秋であった。
そしてそんな彼女の人生に転機が訪れたのはその二年後、十四歳のときのことである。




