068 公爵令嬢、キスされる
一人走りながら別荘に戻るメリーローズだが、さすがに前世で二十代後半まで生きていた経験がある為、シルヴィアが言わんとすることも理解はしていた。
彼女が純粋な忠誠心から、あのようなことを言ったのだということも。
(でも、わたくしは、いえ私は、菜摘だった頃からBL小説を書くことでしか、自分を奮い立たせることが出来なかった。クラスの男子から『ブス』とか言われても、職場の後輩から『彼氏も出来ない喪女』と馬鹿にされても、それでも立っていられたのは、BLを書いていたから。私たちのBL本を買いに来て喜んでくれる仲間がいたから……)
確かに、今の自分は前世の菜摘とは違う。
身分差のある世界に於いて、公爵家令嬢という高い身分に生まれ、第二王子の婚約者で、見た目だって菜摘に比べればずっと美人だ。
あの頃と同じコンプレックスを持ち続けるのは、間違っているのかも知れない。
(でも、今の自分だけを見て、前世の自分を忘れることは、横田菜摘の人生を否定するみたいな気持ちになるんだもの。あの頃の自分が惨めに感じてしまう……)
当時の自分と今の自分。
その両方を合わせて、肯定したい。
そうじゃなきゃ、なぜ前世の記憶なんて蘇らせてしまったのか、その意味がなくなってしまう。
シルヴィアに追いつかれないよう駆け抜けたメリーローズは、あっという間に別荘まで戻ってきた。
息はあがっているが、この体力には思わず「若さって素晴らしい」と呟きたくなる。
「あれ? メリー、早かったね」
その声に振り向くと、メルヴィンとアルフレッドが丁度戻ってきたところだった。
「シルヴィアは、一緒じゃなかったの?」
あれだけ馬鹿なことを口走ったのに、アルフレッドは優しく聞いてくれる。
「そ……その……」
「やれやれ、あのまま喧嘩してしまったみたいだね。ダメだよ、仲直りしないと」
メルヴィンがポン、と頭をごく軽く叩いた。
「わ、わかってますわ。でも……」
でも、なんだろう?
自分はなぜ、こんなに腹を立てていたんだっけ?
自分でも自分の気持ちをもてあまし、上手く言葉が出てこない……
俯くメリーローズの顔を、アルフレッドが覗きこんだ。
「どうしたの? 僕で良ければ、話を聞くよ」
優しく微笑む彼の顔は、やはり美しい、とメリーローズは思う。
どうしてこんなに美しくて優しい人が、自分なんかの婚約者を続けてくれるんだろう……
頭がボンヤリしたまま、アルフレッドに促され、シャワーを浴びに一旦部屋に戻った後、バルコニーへ移動した。




