067-2
「ひどいわ、シルヴィア。もう少しでアルたんとお兄様の生キスシーンを堪能できたのにー!」
「アルフレッド様の災難を、ご自分の欲望を満たすチャンスにしないでください!」
適当な場所まで引きずってくると、シルヴィアはメリーローズを離して、その場に座らせた。
「いいですか? もし本当にアルフレッド様が溺れていて、一秒を争うような状況だったらどうなさるおつもりだったのですか!」
「それは勿論、お兄様に人工呼吸していただくわよ。だって、確か人工呼吸って、思い切り息を吹き込まなければいけないのよ。それなら、わたくしよりお兄様の方が適任だと思わない?」
それまで眦をキリリと上げていたシルヴィアの表情が、少し緩んだ。
「それは、確かにそうですわね」
「でしょう? そしてお兄様が人工呼吸されている間、わたくしは二人のキスシーンをかぶりつきで観察できるというわけ……」
メルヴィンたちの目が届かない場所なので、今度こそシルヴィアはメリーローズの頭をスパコーンと叩いた。
「わーん、暴力反対!」
「そんなことを主張できる立場とお思いか! このド腐れ令嬢!」
「女は競ってこそ華、腐って落ちれば、ハイ、腐女子ー!」
シルヴィアは、怒りに震える手を押さえ、サブウーファー声でメリーローズを叱る。
「もうそろそろ、ご自分のお立場について、真剣にお考えくださいませ……!」
「わたくしは、いつだって真剣よ?」
「いいえ、おわかりになっておられません! いいですか? BL本の存在が、学長に知られてしまったのですよ? 今はまだ学内だけで調査するおつもりのようですが、もし当局に届け出て国を挙げての捜査となれば、お嬢様が作者であることがバレるのは、時間の問題です! その前にもうBLのことは忘れて、アルフレッド殿下のお妃になる心積もりをなさるべきです」
シルヴィアの剣幕に、メリーローズの瞳が揺れた。
「そんな……、今更なんでそんなことを言うの? わたくしからBLを取り上げるということは、生きる意味を奪うのと同じなのよ」
「い、生きる意味……それは、もう少しマシなことに見出してください」
「マシ? BLのことを馬鹿にしているのね? 自分だって言ってたじゃない! BLには『愛』が描かれているって! あれは嘘だったの?」
その言葉に、今度はシルヴィアの目が泳いだ。
あの夕暮れの光景が浮かび、その時に受けた感銘が鮮やかに胸に落ちてくる。
「そ……それは……」
「なによ、シルヴィアの嘘つき!」
シルヴィアの手を振りほどくと、メリーローズは走り去った。
一人残されたシルヴィアもまた、心が搔き乱されていた。
こうしなければいけないと確信する気持ちと、メリーローズの気持ちを尊重したい気持ちがせめぎ合っている。
「わたくしだって、お嬢様が生き生きと小説を書いている姿を見て参りましたから……このまま書かせて差し上げたいのは、やまやまなのです。でも、状況がそれを許さないのです……」
メリーローズだけではない、あの小説を愛読して熱心なファンレターを送ってきた読者――おそらくその多くがあの学院の学生なのだろう――彼女たちの喜びもまた摘み取られてしまう、……そのことを思うと、千々に乱れるシルヴィアだった。




