067 公爵令嬢、メイドと言い争う
「う……ケホ、ケホ」
アルフレッドは気絶したまま、苦しそうに咳き込んでいる。
「アルフレッド、しっかりしろ。おい、アルフレッド」
「お兄様。こういうときは、そのう……人口呼吸をしなければいけないのではないでしょうか?」
「人工呼吸? なんだ、それは?」
「ご存じありませんの? マウス・トゥ・マウスで息を吹き込んで、呼吸を促すのですわ」
モジモジと人工呼吸の説明をするメリーローズの脳内に去来しているのは、勿論メルヴィンとアルフレッドのキスシーンである。
「マウス・トゥ・マウス……。わかった! お前がやれ!」
説明を聞いたメルヴィンの脳内に浮かんだのもまた、メリーローズとアルフレッドのキスシーンであった。
「何を仰いますの? ここはお兄様がなさるべきでしょう!」
「いいや、アルフレッドはお前の婚約者だ。お前がやれ!」
「いいえ、お兄様が!」
「いいや、お前が!」
「あのー……」
ほとんど兄妹ゲンカの様相を帯びてきた、アルフレッドの唇の「奪い合い」ならぬ「押しつけ合い」に、シルヴィアが声をかける。
「アルフレッド殿下は、水を少し飲まれたようですが、ご自分で呼吸もしていますし、脈もしっかりしています」
「ついでにいうと、意識も戻っているよ」
シルヴィアの後ろから、申し訳なさそうにアルフレッドも声を掛けた。
「その『人工呼吸』? というのは、もう必要……ないから……」
メリーローズとメルヴィンが人工呼吸をさせようと、互いに押しつけ合っている姿に、大いに心を傷つけられていた。
「メルヴィンはともかく、メリーローズも僕とキスするのがそんなに嫌だなんて……」
「い、いえ。嫌だなんて言っていません! ただこの場合、お兄様の方が適任だと思って」
「だから、なんでアルフレッドの唇を奪うのが、俺の方が適任なんだよ! するなら婚約者のお前の方だろうが!」
再び言い合いが始まりそうになりそうな場面を、シルヴィアが抑えた。
「メルヴィン様、認識が根本的に間違っています。人工呼吸は医療行為です。呼吸が止まっている人が再び呼吸を始めるように、息を吹き込むのが人工呼吸です。キスするわけではありません」
「あ……そうなのか?」
「そうですわ! お兄様、おわかりいただけたところで、今から是非! アルフレッド様に人工呼吸を施しましょう!」
「お嬢様も! すでにその意味はございませんから!」
シルヴィアはメリーローズを引きずるように、その場から引き揚げた。




