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059 公爵令嬢に、不穏の種が播かれる

 わたしは、どこにいるのでしょう?


  わたしは、そもそも誰なのでしょう?


 メリーローズが高等学院に入学して、一年が経った。

 学生生活のかたわら、相変わらずBL小説を執筆する生活を続けている。


 メリーローズの作品は、今も多くの読者に支持され人気を博しているが、ライバルとなる「アル攻」シリーズもまた売り上げを伸ばし、今やモリスン書房の二大人気シリーズとなっていた。



 そんなとき、とんでもない事件が起こる。



 コリーンという女子学生の父親である、ハーバート子爵が高等学院に乗り込んできた。

 彼はその手に一冊の本を抱えている。


 タイトルは「ローザリウム王国物語」。

 メリーローズが執筆した、人気シリーズであった。


「ご覧ください、この破廉恥な本を!」


 子爵は、アポイントすら通さず学長室に入ると、学長のデスクに本を投げるように置いた。


「子爵、落ち着いてください。この本は何ですか?」


「私の娘が、我が家に持ち込んだのです。……ああ、とにかく、内容をご覧ください」


 子爵の勢いに呑まれるように、学長は本を手に取ってパラパラとページをめくる。



 ちゃんと内容を読んではいないが、ざっと見るにアルバートという名前の主人公の物語のようだ。


 しかし、ふとページのとある場面が目に留まり、ギョッとする。

 その主人公が、こともあろうに男性と口付けを交わしているのだ。


「な、なな、何だと……?」


 更にページをめくると、口付けどころではなく、ベッドを共にする描写まであるではないか!


 学長は慌てて本を投げると、大精霊に祈りを捧げた。


「大精霊様! このようなおぞましいものを読んでしまった私を、お許しくださいませ」


「学長の罪は、私が背負いましょう。私がこんなものを持ち込み、読むように申し上げたのですから」


 ハーバート子爵は神妙な面持ちで呟く。


「子爵殿、こんな本を、どうしたのですか?」


「恥ずかしながら、娘が家で読んでおりました。何でも学友から借りたのだと申しておりまして」


「…………何と!」


 学長は、いかにも自分の手で触れたくないという風に、持っているペンで本を指し示しながら、眉根を寄せた。


「子爵殿のご息女を含め、最低二人は、このようないかがわしい本を読んだ者がいる、というわけですな?」


「左様です。あるいは、もっといるかも知れません」


「おお……!」


 学長は、(いささ)かオーバーな仕草で頭を抱えた。

 が、すぐにデスクの上のベルを鳴らし、側近を呼びつける。


「お呼びでございますか?」


 平凡な顔立ちに、黒いシンプルなドレスを着た三十前後の女性が、足音も立てずに入ってきた。


「学生たちの中で、この本を所持している者、または貸し借りしている者を探しだすのだ」


「これは、どのような本でしょうか」


 受け取った本をパラパラとめくろうとするのを、学長が慌てて止める。


「中を見てはいかん! 禁忌にふれる!」


「はっ」


「本のタイトルと、装丁だけ頭に入れろ。そしてこの本の中身を読んだとおぼしき学生をリストアップし、私に提出するように。期限は一週間だ」


「かしこまりました」


「くれぐれも、他言無用であるぞ」


「心得ました」


 黒いドレスの女性は、入ってきたとき同様、物音をたてず速やかに退出した。


「学長殿、今の女は?」


「私が子供の頃から面倒をみて、鍛えあげた者です。普段は身の回りの面倒をみてもらっていますが、いざとなれば間者の役割も果たします」


「信用……できるのでしょうか?」


 子爵の言葉に、学長はニヤリと笑みを浮かべる。

 子爵にしてみれば、娘の醜聞があまり大っぴらにされては困るのだ。


「勿論ですよ。なんなら私は、妻や子供たちよりも信頼をおいております。忠誠を誓った者に対しては、絶対に裏切ることはありません」


「そうですか。それなら……」


 子爵も安堵の息をついた。


「下手に隠蔽しようとせずに、私に事をお知らせくださった子爵のお気持ちに、必ずお応えいたします」


「では、娘の処分は……」


「とりあえず謹慎ということで、如何でしょう。ご自宅でしばらく反省していただき、対外的には体調を崩したということで」


「我が家の名誉にご配慮いただき、ありがとうございます」


 ハーバート子爵が学長室を出ると、それまでにこやかに子爵と応対していた学長は、苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「とんでもないことが、起こった。まずは学院内で問題を解決せねば。……本来なら宰相や大司教に相談すべきことではあるが……こんなことが明るみに出れば、王立学院を任されている私の責任が問われてしまうからな」

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