007 公爵令嬢、この世界について学ぶ
さて、菜摘がメリーローズとして転生した国の名前は『ローデイル王国』という。
そのローデイル王国では現在、一般国民はまだ何も知らされていなかったものの、大変な問題が起きていた。
それを知っているのはごく一部の王族と貴族のみ。
女王の夫であるベネディクト・ロード王婿と彼らの息子たち、及びメリーローズの父であるランズダウン公爵、そして宰相と大司教だけだった。
この国で現在、首長を務めているのはエメライン・ロード女王。由緒正しきローデイル王国の王家の血を引く女性である。
彼女が女王の座に就く前までこの国の経済は傾きかけていた。
エメラインは女王就任後、税制に大胆なメスを入れたり、輸出入に柔軟な対応を取り入れるなどして経済の活性化に成功、見事に国家を立て直す。
今や彼女は貴族平民問わず、尊敬と支持を集めていた。
もちろん彼女一人の力で成し遂げたわけではない。
しかし経済的な盛り返しは、彼女のアイデアによるところが大きいのも事実だ。
そんな女王が、病に罹った。
しかもそれまでこの世界の医師が見たことのない、奇病であった。
あれほどに聡明であった女王が、ときに政務に就くことができず、部屋に籠り苦しんでいる……。
彼女を最も身近で支えてきた王婿たちの心労は、計り知れなかった。
国の内外を問わず、腕がよいという医者、新しい研究をしているという医師など、噂を聞きつける度に呼びつけて女王を診せたが、はかばかしい結果は得られない。
そうこうしているうちに、王城に出入りしている高位貴族の間で、女王の健康に問題があるのではと噂が出始めていた。
いかな名君であろうと、全ての国民に支持されているわけではない。
エメライン女王にも、その失脚を願う者たちがいた。
圧倒的なカリスマとして君臨していた女王が政務に就けないとなれば、自分が成り代わろうとする者は、どの世界にも存在するものである。
その筆頭が、ランズダウン公爵家の宿敵であるブロムリー公爵である。
ランズダウン家に勝るとも劣らない勢力を誇る名家だが、エメラインの女王就任時にも女性が王位に就くことを大反対した過去があった。
更に王太子である第一王子ヴィンセントの婚約者に自分の娘を推薦したものの、断られてしまって以来、ますます恨みを募らせている。
* * *
「つまりブロムリー公爵家は代々ランズダウン公爵家の政敵だったわけです」
「性的…………」
「違います、お嬢様。『政敵』です。お間違いなきよう」
「どうしてイントネーションが同じなのに、違う漢字に変換したってわかるのよう」
メリーローズの私室では、シルヴィアがこの世界のあらましを説明しているところであった。
「お嬢様が教えて欲しいと仰るからご説明申し上げているのに、おかしなことをお考えになるからですわ」
「いやだから、どうして私がおかしなことを考えたってわかるの?」
「一瞬ですが邪な気を発しましたから」
シルヴィアとしては何の気なしに発した言葉だったが、メリーローズは言葉を切って自分付きのメイドを見た。
「……何か?」
「ねえ、この間も九字護身法を唱えていたよわね。この世界の宗教って陰陽道なの? シルヴィアは陰陽師だったりするわけ?」
「オンミョ……?」
「あれ? 知らないか。こういう字なんだけど」
メリーローズはペンで「陰陽」と書きつける。
「これで『オンミョウ』と読むの」
「『陰』と『陽』ですか。…………確かに私の出身のマコーリー領は農業しか産業のない田舎で、『陰』と『陽』の理はとても大事なものでした。私が唱えた聖なる呪文も、遡れば『陰』と『陽』の気を整え、豊作を願ったことから発生したと聞いております」
「なるほどねー」
農民が豊作を願うのは洋の東西、いや世界の違いを超えて共通の、切実な願いであろう。
「じゃあ、他の地域では違う宗教だったりするわけ?」
「そうですね。本来この国では『精霊』を祀っています。王家のご先祖は最も力のある大精霊で、代々大司教を務める方はその大精霊に一番近い方が選ばれる、と聞いております」
「大司教……」
メリーローズの記憶の中には、幼少期に何度か大司教に会った場面があった。
「私も小さい頃にお会いしたわね」
「多分、子供の成長を祝う儀式の時でしょう。三歳、五歳、七歳と三回行います」
「そこに『七五三』が紛れ込むんかい!」
意外なこの世界と前世の接点に驚いていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「お嬢様、アルフレッド殿下がおこしになりました」




