057 公爵令嬢、怒る
シルヴィアのその疑問は、意外と早く解けた。
メリーローズの新刊の見本が届くのを、キンバリーの部屋で待っていたときのことである。
印刷会社から届いた荷物にあった送付状の宛名に「キンバリー・アシュビー・ボイル様」と書かれていたのを見つけたのだ。
「キンバリー・『アシュビー』・ボイル?」
「ああ、私の正式な名前よ。アシュビーは実家の名前で、ボイルは旦那のファミリーネームなの」
「じゃあ、もしかしてキンバリーってヘザーのお姉さん?」
ここで初めて、ヘザーとの関係に気づいたメリーローズが驚いた。
「はは、わかっちゃった? そうよ。私も元は伯爵家のご令嬢だったのー」
(あまりそうは見えませんが)
声に出さずにシルヴィアが突っ込む。
しかし、これでヘザーが誰に似ているのかがわかった。
髪の色といい、顔立ちといい、言われてみれば二人はよく似ている。
「どうして、家を出てるんですか?」
「ああー、今の旦那と結婚したとき、あ、旦那ってゴリゴリの平民なんだけど、うちの両親が怒っちゃってさー。お前なんかもう娘とは認めないって、勘当されたのよ」
これでアシュビー家の謎も解けた。
ヘザーの姉は死んだわけでも、ましてや何かの陰謀に巻き込まれたわけでもなく、単に親と折り合いが悪くなって、籍を抜かれただけだったのだ。
「……ということは、『ルートX』はヘザー様のことだったんですね?」
「あら、バレた?」
「ええ、色々なことがわかってきました」
シルヴィアはそう答えながら、いつかの夜のヘザーとアデレイドのやり取りを思い出す。
あれはやはり「どらっぐ」などではなく、メリーローズのBL小説を売買していたのだ。
あの調子であちこちの学生にヘザーがBL本を売っていたなら、学院中に漂っている邪気の理由にも納得がいく。
(お嬢様が書いた小説で撒き散らされた邪気にビクビクしていたなんて、とんだお笑い種だ)
神経過敏になりすぎていた自分自身が滑稽に思えた。
「それより、見本が見たいわ」
「そうね、待っててくれる?」
相変わらず足の踏み場もない部屋だが、キンバリーは器用にその辺に積んである本の上に荷物を載せて、包みを解いていく。
「はい、どうぞ。最新刊よ。一冊持って行って」
「ありがとう!」
早速自分の本をパラパラとめくっていくメリーローズだったが、シルヴィアの方は見本の中に違う装丁の本があることに気づいた。
「その、別の本は何ですか?」
その何気ない質問に、キンバリーが過剰に反応する。
「え? こ、これは、そう、全然違うものだから! メリーローズ嬢には関係のない本だから! あはは……」
(怪しい……)
何か不穏なものを感じたシルヴィアが、隙を見てその本をさっと抜き取った。
「あっ! それは……」
慌てるキンバリーを制して、パラパラと本の中を確認していく。
その小説は、アルブレヒトという架空の国の王子を主人公とするもので、彼が数人の男性と恋愛をする物語……つまりBL小説であった。
アルブレヒトはメリーローズの小説のアルバート――アルフレッドをモデルとした主人公同様、淡い金髪に碧眼の美青年で、見た目の設定などはアルバートそっくりである。
ただし、メリーローズの小説と違い、そのアルブレヒトは受ではなく攻だ。
シルヴィアから本を受け取ったメリーローズの顔からは血の気が引き、手が震えている。
「なに…………これ…………」
「キンバリー殿、説明を」
シルヴィアも詰め寄った。
「ああー、もう、バレちゃあ仕方ないわね。そうよ、新しいBL小説のシリーズよ」
開き直ったキンバリーは、髪をかき揚げながら足を組んだ。
「うちだってモリスン書房だって、売り上げを伸ばせなきゃ、おまんま食い上げなのよ」
「でも、お嬢様の小説はずっと売り上げを伸ばしているって、言っていましたよね? あれは嘘だったんですか?」
「いいえ、本当よ。でも、BLがこれだけ受けるなら、他のシリーズを出すことを考えてもいいじゃないの」
「とはいえ、BLはお嬢様が開拓したジャンルだったはず。真似されて黙っているなんて……」
「黙って、シルヴィア!」
メリーローズの声が響いた。




