006-2
「まあ、とにかくねー」
メリーローズは、椅子に座らせたシルヴィアの後ろから肩や腕をマッサージしつつ、これまでのことを話した。
「私だって、この状況に驚いているのよ。前世では『異世界転生もの』が流行っていたとはいえ、まさか自分の身に起きるなんて普通考えないもの」
以前のメリーローズだったらこんなにフランクな口調で、メイドである自分に話をすることなど絶対になかっただろう。シルヴィアはその不思議な身の上話を聞きながら考えた。
(確かに、このメリーローズ様は、以前のメリーローズ様ではない。しかし、悪霊や妖怪が取り憑いているというわけでもないらしい)
主人がメイドの体のメンテナンスを行うなどということも、以前のメリーローズならありえなかったことだ。
先ほどまで肩から肩甲骨にかけてグイグイと揉んでいたメリーローズの手が、今はシルヴィアの腕から肩にかけて、トトトトト……と小刻みにチョップをしてくる。
「どうお? だいぶほぐれたんじゃない? すっごく肩が凝ってたわよ。今まで痛かったでしょ」
言われて肩を回してみると、おそろしく軽い。
「すごい…………」
思わずもれた一言に、メリーローズがニカッ! と笑った。
「でしょお? いつも締め切り前にヨっちゃんに泣きつかれて、タブレット持ち込んで彼女の家に泊まり込んでは、マッサージしたもんよ。じゃあ次は眼鏡を取って。目の使い過ぎからも頭痛が起きたりするんだから」
問答無用で眼鏡を外されたシルヴィアは、メリーローズからあわてて奪い返して掛けなおす。
「…………あら、あなた美人ね。平凡な茶髪と眼鏡にだまされたわ」
「お止めくださいませ、これは殿方から顔を隠すための『鎧』なのです!」
聞けば故郷では、シルヴィアをさっさと嫁に出したい両親から何度も見合いさせられ、そのたびに彼女の顔を気に入った見合い相手から熱烈に結婚を迫られ、辟易していたのだという。
「わたくしは、結婚に幸せを見いだせない女なのです……」
そういうシルヴィアの声には、この世界に順応できない人間の葛藤が感じられた。
(ま、日本でだって似たようなことはあったからなあ。ましてや、女は結婚して子供を産んで一人前、みたいな考えのこの世界では、彼女のような人は生きづらいでしょうね)
「私はいいと思うわよ。女だって皆が皆、夫に仕え子供を育てることを幸せと思うわけじゃないもの」
シルヴィアは意外にも、自分のエキセントリックともいえる考え方をこの主人に肯定されて驚いた。
彼女の行う「まっさーじ」は適格で、ゼンセとかいうこことは違う世界でも、今のような行為をしていたのだろうと想像できる。
「まっさーじ、たいした腕前でございます。前世のメリーローズ様は……」
「前世の名前は『菜摘』よ」
「……ナツミ……様は、こういったサービスを仕事にされていたのですか?」
「別に仕事じゃないわ。さっきも言ったけど、友達に頼まれてよくやってただけ」
それからメリーローズの中の菜摘は、前にいた世界や日本のこと、歴史や文化について説明した。
ただし、今いる世界が前世でいう「乙女ゲーム」の中だということについては、さしものシルヴィアにとっても、理解するのが難かしかったようだ。
「『ヒロイン』『攻略対象』『悪役令嬢』……、どれを取ってもわたくしの理解の範疇を超えております」
「そりゃそうよね。実際、私だってどうしてこうなったのか、まったくわからないもの。……あ」
「どうかなさいましたか?」
この世界に飛ばされる前に聞こえてきた声を思い出した。
《オマエニハ ホカノジンセイデ ヤッテホシイ コトガアル》
「私には、何か……この世界での使命があるみたい」




