051-2
「申し訳ございません。別のお客さんが来てしまって」
ウォルターはメリーローズに謝りつつ、隣のアルフレッドの様子を観察しているようだ。
横目で見ると、アルフレッドは何やら考えことをしているようで、ウォルターたちの様子を気にしているようには見えない。
ホッとした様子を見せたウォルターが、再び本棚に目をやる。
「何か、ご希望のジャンルとかはありますか?」
「そうですわね。……わたくし何か冒険もののお話を読みたいですわ!」
「冒険ものか……。だったら、最近出たばかりの本がお薦めですね。空想科学小説なんですが、地球人が月で月世界人のうさぎと同盟を組み、火星人と戦う話なんです」
「まあ、面白そう!」
その「空想科学小説」を購入し、支払いをしていると、アルフレッドがウォルターに声を掛けた。
「さきほどの『バラの国』……でしたっけ? それはどんな内容なのですか?」
その瞬間、ウォルターはお釣りをバラバラと落とし、メリーローズも五センチくらい跳びあがった。
「あ、いえ、お客様、そ、それは……」
怪しくも、しどろもどろになるウォルター。
「おおおお釣りが落ちましてよよよ」
一緒になって言語中枢が怪しくなるメリーローズ。
と、そこへ先ほど「バラの国」とかいう本を求めて店の奥に入った少女が、紙袋(多分その本が入っていると思われる)を抱きしめ、うっとりした笑いを浮かべながら出てきた。
「毎度ありがとうございます!」
セルマが愛想よく顔を出す。
しかし次の瞬間、店内の空気を氷点下に落とす出来事が起きた。
「あ、君やっぱりデイヴィッドの妹だよね。デイヴィッド・ネヴィル、君のお兄さんの友人のアルフレッドだよ。三年くらい前に、君の家にお邪魔したことがあるんだけど、憶えているかな?」
アルフレッドがその少女に、にこやかに話しかけたのだ。
少女とセルマは、先ほどはアルフレッドの存在に気がつかなかったらしく、驚愕の表情で十センチほど跳びあがった。
「ア、アルフレッド……殿下……そ、それに、メリーローズ・ランズダウンさ……ま……?」
「そう、思い出してくれた?」
「い、いいいいいえええええ。わ、わたくしは、デイヴィッド・ネヴィルの妹のジャクリーンなんかではありません! それではっ!」
丁寧に名前を名乗りながらもそれを否定して、彼女は走り去ってしまった。
後に残されたアルフレッドは、呆然と見送る。
「そうだ、思い出した。デイヴィッドの妹の名前はジャクリーンだった。……でも、なんで違うなんて言ったんだ?」
「と、突然アルフレッド様とお会いして、驚いてしまわれたのではありませんかしら? お、おほほ、おほほほ」
前世に於いて、同人誌を買い求め「まん○らけ」辺りから出てきたところを、堅気のクラスメイトに見つかった経験を思い出すと、とても他人事と思えず、メリーローズは理由にならない理由をつけて彼女を庇った。
「だからって、逃げなくてもいいのに、どうしたんだろう……?」
疑問を口にしながらも、セルマに顔を向けるとニッコリ王子様スマイルを見せる。
「ところで、今の彼女が買っていった、えーっと、『バラの国』……でしたっけ? 僕もそれをいただきたいのですが」
アルフレッドが新たなブリザートを巻き起こした。
むしろこの大吹雪の核心を、突いてきたとも言える。
「あっ、いえ、あの……」
まさか、この国の王族に「BL小説」を買い求められるとは思いもしなかったセルマは、どう答えたらいいのかパニック寸前だ。
そこにウォルターが助け船を出した。
「あの本は、確か在庫が残り一冊だったんじゃないか?」
「えっええ、そう! そうですの! 今ので売り切れですわあ」
それを聞いてさすがにアルフレッドも頷いた。
「それなら、仕方がないな」
「どうなさったんですの? 急に、聞いたことのない本を欲しがられるなんて……」
メリーローズは探るように聞いてみた。
「いやだって、さっきの彼女すごく嬉しそうな顔をして、大事そうに本を抱えていただろう? よほど面白い本なんだろうなって思って」
「……ああ」
そう、メリーローズも思い出していたのだ。
さっきのジャクリーンの表情。
昔、東京の国際的な展示場で薄い本を売っていた頃、自分たちのサークルへと買い求めにきてくれたお客さんたちが、やはりあんな表情をしていたっけ……
(懐かしいな)
「メリーローズ?」
「あ、そういえばそうですわね。でも、品切れですって。残念ですわね」
「ああ。……もし、すみませんが」
「はっはい! なんでございましょう?」
振り返って話しかけてくるアルフレッドに、再びセルマが挙動不審気味に答えた。
「もし、その本がまた入荷されたら、連絡をいただけますか? 王宮か、高等学院へ」
「そ、そうですわね。もし入荷したら、ご連絡しますわ。でも、あの本は小さい出版社で発行されたものでして……」
「そう! 一度品切れになると、二度と入らない場合も多いんです!」
「そうなんです!」
モリスン兄妹は王子殿下のお願いに対し、息の合ったやんわりお断りモードを繰り広げるのだった。




