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006 公爵令嬢、メイドを味方にする

 そんなこんなで『シルヴィアを味方に引き込もう作戦』は膠着状態に陥っていたわけだが、ある時ひょんなことから一気に活路が開けることになる。


 ある日婚約者のアルフレッド王子殿下――メリーローズ言うところの『アルたん』がその日の午後、メルヴィンに会いに来ると父からお達しがあった。

 父の言葉の趣旨は「お前も顔を出して、ご挨拶申し上げなさい」ということだったのだが、当然メリーローズの中では「アルフレッド殿下がメルヴィンお兄様と自宅デートをするから、妄想しなさい」に変換される。


 メリーローズは部屋に誰もいないのをいいことに、喜びの舞いを踊りだした。


 公爵家のご令嬢という身分を忘れ、本能の赴くまま盆踊りと阿波踊りのハイブリッド的な何かを「アルたんがデート、お兄様とデート」と鼻歌を歌いながら、軽やかにもドタバタとステップを踏んでいたのである。


 …………ドアを開けっぱなしにしながら。


 そこへ、シルヴィアが――彼女にとってはまさに『運悪く』としか言いようのないタイミングで部屋にティーセットを運んできて、主人の摩訶不思議ダンスを目撃する羽目になってしまった。


「はっ? はぁああああああっっっ?」


 いつもは冷静沈着なシルヴィアも、公爵令嬢メリーローズ・ランズダウンの奇天烈極まりない舞いを至近距離で目撃してしまい、恐慌状態に陥る。


 ガシャ! ガシャガシャ、パリーン!


 驚きのあまり手から滑り落ちたメリーローズ専用の茶器一式が床に落ち、みごとに砕け散ってしまったのであった。


「あ、……ああ…………」


 さしものパーフェクトメイド・シルヴィアも、真っ青になる。

 今彼女が落とした茶器は、今でこそメリーローズ専用として使われているが、元は先々代の当主が当時の国王陛下から直々に下賜されたものだ。

 シルヴィアは、なまじ普段ミスをする経験がなかったことで、どうすればよいか判断が遅れる。

 数秒何も出来なかったその時に、好機到来とばかりメリーローズの魔の手がスルリと入り込んだ。


「高価な茶器の割れる音、諸行無常の響きあり……」


「……は?」


「形あるものはいつか壊れ、命あるものはいつか死ぬ。……これ浮世の(ことわり)なり」


「……え?」


「いいこと? この茶器だって、作られた以上いつかは必ず壊れる運命にある。……それが、今だった、というだけの話なのです」


「……は、はあ……」


「そして、この茶器が壊れた原因は、ひとえに私にございます」


 実際にその通りなのだが、なぜかメリーローズは死刑になる友人の身代わりを申し出たセリヌンなんたらのごとく、自らが崇高な人間であるかのようにふるまった。


 日頃のシルヴィアならこの程度の言葉ではごまかされないのだが、主人宅の家宝に近い茶器を壊してしまったショックで動揺し、まともな判断力が低下している。


「ところでこんな時ですが、シルヴィア。私には秘密がございます」


「は、あ……」


 まさにに()()()()ではあるが、話の流れの脈絡のなさが、シルヴィアを更に混乱させる。


「実は私、異世界からきた転生者なのです」


「てん……?」


「つまり、こことは全く違う世界で生まれて死んだあと、この世界に『メリーローズ・ランズダウン』として生まれてきたのです。だから時々、変なことを口走ると思うけど、大目に見てくださらないかしら」


「…………」


 シルヴィアにしてみれば、「今まさに変なことを口走ってますよ」としか言いようがない。


「転生者だとバレると、何かと問題だと思うので、その時は一緒にごまかして欲しいの。お願いね。うふ」


 わけのわからないお願いを押しつけられているうちに、シルヴィアも徐々に冷静さを取り戻し、頭が回転してきた。


「お嬢様、……ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


 この時点までメリーローズこと菜摘は、シルヴィアに対してイニシアティブを取っていると踏んでいた。


 以前シルヴィアが「実家には帰りたくない、このままランズダウン家で働きたい」と漏らしていたことを、覚えていたのである。

 それをシルヴィアの『弱み』と考えていたからこそ、茶器を割るといった普段の彼女にあるまじき粗相をしでかした今をチャンスとみて、計画の決行に踏み切ったのだ。


 …………もちろん実際には、『計画』と言えるほど綿密なものではない。

 そして、それがやはり行き当たりばったりの行動であったことが、シルヴィアのセリフで浮き彫りになった。


「今、わたくしにおかしなことを仰っている貴方様は、メリーローズ様なのでしょうか? それとも、そのゼンセとかいう所から来た何者か(・・・)なのでしょうか?」


「え……」


「お答えください。今わたくしの目の前にいる貴方様は、わたくしの大事な主人メリーローズ様なのか、それとも、どことも知れぬ世界(ぜんせ)からやってきた得体の知れない何者なのか、どちらなのでしょう……?」


 シルヴィアの声はサブウーファーのスピーカーから流れてきたかと思うほどの重低音で、逆光になっているためか暗くて顔の表情が見えない。

 一言でいうと『怖い』。


 今やホラーメイドとなったシルヴィアはメリーローズににじり寄り、壁際まで追い詰めてこう言った。


「もしメリーローズ様によからぬ()()が憑いているなら、今すぐ(はら)わなければなりません」


(ひいいいぃぃぃぃぃっ……!)


 ここにきて、メリーローズは自分の失敗に気がついた。

 この世界の宗教がどんなものなのか、調べようと思っていたことを忘れていたのだ。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイィィィィィ)


 今やメリーローズの頭の中では、前世の歴史にあった異端審問や魔女狩り、吸血鬼狩りの記憶がこれでもかと繰り広げられていた。


(やだやだやだ、火あぶりとか、心臓にクイを撃ち込まれるとか、止めてー! 死んじゃうー! 一度死んでるけど、また死んじゃうー!)


 落ち着いてシルヴィアの言葉を聞いていれば、彼女の『大事な主人』であるメリーローズの体を、そんな取り返しのつかない方法で害するなどありえないのだが、今はそこまで頭が回る状況ではない。


 メリーローズの恐怖が絶頂に達した瞬間、シルヴィアの右手がどこかで見たような動きをした。

 横に一閃、そして上から下へ縦にも指を動かす。


(これは……十字? この世界ではキリスト教を信仰しているの?)


 では、自分を待っているのは悪魔憑きとか、異端の裁きだろうか?


 しかし、シルヴィアの手は一度だけでなく何度も横へ縦へと動き、何やら口の中でブツブツと呟いているのが聞こえた。


「……ン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン」


(まま、待って! それって『十字』じゃなくて、『九字』? 『十字』を切ったんじゃなくて、『九字護身法』?)


「悪霊よ! メリーローズ様の体から、立ち去るがよい! 急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)!」


(やっぱり陰陽道ーーーー?)


 正確な意味での陰陽道かどうかはわからないが、方向性は同じだ。

 ドーマンでセーマンな、アレだ。


「シ……シルヴィア!」


「メリーローズ様。正気に戻られましたか?」


「えっと……、申し訳ないけど、まだ前世の記憶はあるわ。でも、私は悪霊ではありません! その証拠に、今あなたが唱えた呪文を唱えることが出来ます!」


「え……?」


 一瞬、シルヴィアの包囲網が緩んだ隙に、メリーローズはその腕をどけて自由に動けるスペースを確保した。


「見なさい! 『(リン)(ピョウ)(トウ)(シャ)(カイ)(ジン)(レツ)(ザイ)(ゼン)』!」


 言いながら、横に五回、縦に四回、交互に指を動かし九字を切って見せる。

 シルヴィアが叫んだ。


「天と地の気を整える聖なる呪文…………! それを知っておられるなら、悪しき存在ではない……」


(そういう設定なのね)


 メリーローズの中の菜摘は、ホーッと息をついた。

 よかった。オタクでよかった。

 オタクは普通の人が興味を持たない、妙な知識をたくさん蓄えているもの。

 九字護身法など朝飯前。


(もしこれが隣の席の後輩だったら、この危機を逃れることは出来なかったでしょうね。……フッ)


 あまり意味のない優越感に浸る、菜摘ことメリーローズであった。

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