2
湯気がほんのり立ち込める風呂場。曇った鏡と、少しぬるめの湯。二人きり。
それも、"風呂に入らないと出られない部屋"という、わけのわからん状況で。
タオルすら巻かない琴が、背伸びしながら、ふわふわとした湯気のなかで言った。
「てかまあ、一応自覚はしてんだけどね。距離感バグってるのは。」
「……自覚してて、それかよ。」
海斗が半分呆れて眉をひく。
「いやぁ、だってさあ。ほら、私とお前とあいつら、幼馴染の枠組みに入るだろ?」
「おう。」
「あいつらの中にはお前以外にも男子が3人いるな?」
「いるな。」
「私は、あいつらとも風呂に入れる。」
「……まあ、俺と入れるんだから、そうなるか。」
「な? 流石に、普通じゃないってのは分かるぞ?」
「……気づいたんなら、俺に気遣いとかしてくんねぇのか?」
「や。」
「や、かあ。」
「というかさー、仲のいい人とお風呂入るの好きなんだわ。家族とか友達とか。」
「へえ、初めて知ったわ。」
海斗は湯に肩まで浸かりながら、髪をかきあげた。目を逸らしてるのがバレバレで、琴はニヤッと笑う。
「私はね、お前のことが好きなの。」
「……は?」
「友愛、だけどな?」
「あ、ああ、そっちね。」
「でもさ。好きって気持ちには変わりないじゃん? だから本当は、もっと一緒にいたい。もっと近くにいたい。……だけど、一緒に風呂入ろうとすると、流石に倫理的にアウトだろ。」
「当たり前だ。」
「お前が恥ずかしいってのも、分かるし。わたしが女子って自覚もあるしな。」
「じゃあちょっとは控えろよ……」
「でもさ。今回みたいに、"閉じ込められたから仕方ない"って状況だとさ──ちょっとだけ、嬉しいんだよ。」
琴はそう言って、湯船のふちにあごを乗せて、にやにやとこちらを見てくる。
「うれしいって、なんでそういう状況でポジティブになれんだよ……」
「だって、こうでもしなきゃ一緒にお風呂なんて入れないじゃん?」
「……そりゃそうだけどよ。」
「家族じゃなくなって、異性として見られるようになったら、もう私たちはこうやって、並んで風呂に入ることもなくなるんだなって思ってさ」
「…………」
海斗は言葉を失って、琴の方を見る。いつもの軽口じゃない、どこか寂しげなトーンに、喉の奥が詰まった。
「……ま、今はその“異性として見られてない”ってことで、こうやって入ってるんだけどな!」
「お前……そこは照れろよ!」
「やだ。めんどい。」
琴は、ちゃぷんと音を立てて湯に潜り、顔だけひょこっと出して笑った。
「でも、ありがとな。海斗。」
「……なにが。」
「私と一緒に入ってくれて。こうでもしなきゃ叶わない願いだったんだ。……たとえ、強制イベントでもさ」
「……はぁ。まったく、変わんねぇな。お前は。」
海斗はそっぽを向いて言うけど、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。