93 サブちくわ その4
ピヨヨヨヨヨ……
遠くで亡霊のスケトウダラが巻き上げる砂煙が、少しずつ太くなって行く。あのちくわのリソースはどうなっているのだろう。ボス特有の御都合主義的ちくフルクオリティ効果で、消耗無効とかになっているのか。
むしろそうであった方が菊池に有利だ。背後に敵を迎えてチャージを行いリタイアを狙うのだから。
体当たりを回避するには、クロックまたはリバース、ちくわの前が地面に張り付く程のダウンによるブレーキ、やり過ごすための俊敏なウイリー、ニアミスそのものを避けるコース選択のみ。
急激な方向転換はできなくも無いが、乗るちくわの残りリソースにもよる。初見のコースでの偏った消費は、いざと言うときの選択肢を狭めてしまう。
徐々に機影…………ちく影が近付く。角度的に亡霊のちくわの状況がわかりにくい。それでも彼のちくわの軌道の予測を意識して進路を傾ける。
ピヨヨヨヨヨ……
排気音が速い。亡霊はサブちくわをいくつ持っているのか。
できるだけ砂丘に身を隠しながら進む。これ以上小細工しようが無い。
ピヨヨヨヨヨヨ……
排気音が徐々に迫る。ちく影が少しずつ大きくなって来た。
ピヨヨヨヨヨヨヨ……
方向転換はして来ない。菊池の予測通りの進路を亡霊は進む。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨ……
ウイリーもダウンもしない。後ろに隠した手にはサブちくわがあるのだろう。強制アへ顔ダブルピースに警戒した菊池は、身を屈めシートに体を隠す。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
目視で顔が見える。まあ表情まではわからない。菊池は記憶にある駿馬の動きを思い浮かべ、様々なシミュレートを脳内で行う。
どんな状況になっても、相手のスペックは菊池を大きく上回る。シミュレートは無駄に終わる可能性が高い。だがまだ結果は出ていない。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
菊池毒皿いわく、この世の全てを見下す目付きがはっきり見えた。実際にはアバターデザインのミスらしい。……まあ確かに駿馬は世の中舐めてる節はあったが。
駿馬は感情がわかりやすく顔に出る。菊池が知る限り、あの表情で疾走るときは流しているときだ。全然本気を出していない。本人ではなく、本人を参考にデザインされたNPCなのだから、表情で考察したら足元を救われるかも知れない。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
いよいよニアミス。
亡霊は進路を変えない。ここから方向転換しても進路を大きく変えられない。背中に隠した手にコントローラーを持ってもいない。片方シートに付いている。クロックとリバースも無い。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
「なかなか大胆ね」
あの状態からウイリー、ダウン、クロック、リバース以外の挙動を行えると言うのか?
それとも、今以上に速度を上げられるとでも言うのか?
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
もはや接触は時間の問題だ。菊池は亡霊の進路に乗った。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
菊池の指はすでにクロックのボタンを長押ししている。
ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ……
亡霊は無策。そのまま菊池に突っ込む。
菊池はボタンから指を離した。
「だから亡霊なのか。だから、この勝利条件なのか」
可能性は考えていた。いくらちくフルでも、ちくフルクオリティでも……さすがにそれは無いだろう、と思っていた。
亡霊はタイミングバッチリのクロックをすり抜けて進んで、そのまま地平線へ消える。
「がああああああああああッッッッッ!」
菊池は動物園の猿のように叫び、持っていたコントローラーを目の前のちくわに叩き付けた。
バランスが崩れ、菊池は砂地に落ちる。
《リタイアしました》
暗転した視界が明るくなる。
菊池が最初に見たのは、手を合わせて震えている岐阜であった。
「覇ッッッッッ!奮ッッッッッ!凰ッッッッッ!」
何を叫んでいるのだろう。何と戦っているのだろう。確実なのは、流鏑馬三銃士で1番やべーのはコイツだと言う事実。
「ふおおおおおおおおおおおお……」
菊池の背後には逆立ちした離凡……正確には指1本で逆立ちした離凡である。
触発されたのだろう。きっとそうだ。それ以外の理由があるのか?考えるのが怖い。
色々疲れたし、溢れる想いをGMに全力で伝えねばならないので、菊池は何かと戦う2人を置いて集落に戻った。
「ふおおおおおおおおおおおお……」
「ふおおおおおおおおおおおお……」
集落では三銃士の残り2人が、存在しない弓を構えてふおっていた。
住人はなぜか大喝采。
「あっ、菊池さん」
困った顔のカオザツがすがるような目を見せた。
ふおってる2人と全く面識の無いカオザツ。きっと壮絶なドラマがあったのだろう。
正直……構う余裕は無い。
打倒亡霊のために色々考えなければならない。
「お疲れ様……疲れたから、アタシさ……ログアウトするわね。また明日」
何か言おうとしたカオザツが印象に残った。




