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9 このカツオ漁はフィクションです。ご了承ください。

「カツオじゃダメかしら?」


 菊池の顔が離凡に迫る。


 カツオは知っているが、一瞬国民的アニメの登場人物が頭に浮かんで『野球?宿題なんて後、今行く……姉さんッッッッッ!』てな感じの光景を幻視した。


 離凡は女性に免疫が無い。中の人はともかく外見は小……悪魔系美女の菊池が接近しただけで混乱した。


「カツオはマグロ系下位互換って言われたりもするけど結構使えるし、それで妥協してよ。ね」


 脳内でNAKAJIMAと一緒に自宅から脱出しようとしていたせいで話をよく聞いていなかった離凡は、勢いで頷いてしまった。


「まあ……群れに出くわすとは限らないけどね」






「白菊ちゃ~ん!カツオだ!アンタが教えてくれた漁場に見つかったぜ!」


 NPCの中で最も大物感のある者が、媚びるように言った。


「よし」


 菊池はストレージから鰯を取り出した。


「白菊ちゃんよぉ。本当にカツオで良いのかい?アレだったらキメジを2、3tも回すぜ」


「いいのいいの。それよりも後処理手伝ってちょうだい」


「「「「「任せろやッッッッッ!」」」」」


 屈強な漁師NPCが一斉に包丁を掲げた。その光景はちくフルがレースゲームであるのを忘れさせるほどの迫力であった。


「ヒッ!」


 国民的アニメの牧歌的妄想に浸っていた離凡は、今生きている世界は小さくて可愛いだけじゃ生きられない弱肉強食の真っ只中と思い出す。リアルでもちくフルでも小さくも可愛くも無い彼だが菊池の影に隠れた。


「何やってんの。左舷に行きましょ。弾幕……じゃなかった、カツオ釣るわよ」


 鼻を膨らませ魚介の臭いを嗅いでいる離凡を振り払った菊池は、いくつものイワシを海に撒いた。


「分けてはあげるけど、自分なりに釣ってみなさい」


 菊池は取り出した釣竿を海に向けて振る。


 10秒もしないうちにやたら大きなカツオが宙を舞い、その頭を甲板に打ち付ける。スルリと釣り針が抜けた。


 釣り針がすぐさま飛び、振った釣竿の先へ。波に小さな波紋。魚影が海面を隆起させ、宙を舞う。


 そのカツオを離凡は視線で追いかける。甲板で頭を打ち失神。拾ったNPCがカツオのエラに包丁を差し込み小さくひねる。胸ビレに切れ目を入れて、白い腹を切って内臓を取り出した。ホースを持った別のNPCが受け取り、血を洗い流す。そこまで終わったら、菊池の腰で開きっぱなしになっているストレージに押し込む。


「すごい……」


 本当の漁もこうなのだろうか。そして……


「あれ?イワシを釣り針に刺していないけど……」


 必ずしも釣り針にイワシがいるわけじゃなかったりする。ちくフルに限っては、群れに釣り針を放り込めばカツオは食い付くのだ。


 このヒト、結構テキトウ?


 離凡の推理通りである。


「ハナレボン……で良いんだっけ?アンタも釣りなよ。入れ食いよ!」


「『リボン』です。それじゃ僕も……」


 釣竿を振る。小さな波紋は魚群が生み出す波と泡にかき消された。釣糸が伸びる。手応え。離凡は引く。


「うわっ、引きが強い」


 海に引きずり込まれそうになったが、へりに足をかけて踏ん張る。


「本当にこのスットコドッコイは……」


 釣ったカツオが甲板に叩き付けられたのを確認した菊池は、離凡に加勢。


「引きが収まる瞬間に『いっせーのせ』で一気に引くわよ!」


 まるでファンタジーアニメの巨大モンスターが口から吐いたビームで大地を焼き払うごとく、釣糸が海面をさまよう。50秒もすると糸が弛んだ。


「いっせーのせッッッッッ!」


 離凡は力いっぱい竿を上げる。宙を舞うカツオは、離凡の中の人の腕と同じくらい太い。


 ベシンと鈍い音を立ててカツオが横っ腹を打つ。跳ね方がぎこちない。


 こりゃあ背骨が折れたな、と呟いたNPCが包丁をエラに刺して楽にした。


「ねえ、アタリが来たら一気に鋭く引いて。失敗してもキャストの回数を増やせば良いから!」


 菊池は自分の竿を手に取った。


「目標、5tッッッッッ!」


 釣り針が飛び、海に入って、すぐさまカツオごと引き上げられる。





 熟練のカツオ漁師は3秒未満で1匹釣ると言う。(マジで。いや、本当らしい)


 ただしそれは近海で、それも生まれて1~2年と推定される3Kg未満のカツオだ。


 菊池が釣るのは10Kg超。リアルなら太平洋を6周は回遊しているカツオなのだ。特別な種類では無いが、圧倒的に長生きしている強者であり、脂は薄いが赤身の弾力が強く戻りガツオや初ガツオよりもカツオらしい血生臭さを持つ。


 菊池はそれをレース用ちくわのために釣っている。


「すげえ」


 どうにか30匹釣った離凡は座り込んでしまった。プレイヤーは肉体的な疲労は感じない仕様だが、精神的な疲れは現在のVRゲームでは無くせない。多分人類の歴史が終わるまで無くせないと技術者は言う。


 黙々と菊池は釣る。NPCはカツオをさばく。もう1時間は経ったと離凡は思うが、視界の左隅の時計を確認する気になれない。


 ちくフルにはレベルの概念は無い。ステータスはプレイヤーに関しては無い。身長差と外観の差のみだ。体重は50Kg扱い。菊池の身長は160cmで離凡は20cm高いが、それでも体重は同じだ。


「何でそんなに釣れるんですか?」


「必要だからよ」


 カツオが菊池の頭上を飛び、甲板に叩き付けられた。


「これでおしまい、と。カツオ100%が何本造れるかしらね」


 NPCの集計では合計5t強。獲ったカツオの平均重量は13Kg。VRならではの釣果だ。


 リアルの漁はもっと厳しいはずだ、と離凡は思った。近海漁のドキュメンタリーで見た本物の漁船はもっと小さく狭い。その上を譲り合うように漁師が並んで必死に魚を釣っていた。何の魚かは思い出せない。常に死と隣り合わせの作業だ。


 ちくフルは、しょせんゲーム。それでも。


「すごい」


「いや、もう少し働いてよ……」


 座り込んだ離凡をジト目で見る菊池はへりに寄りかかり、ストレージからイワシの串焼きを出した。一瞬で半分が消失する。


「……すごい。イワシが消えたッッッッッ!」


「うっさいわね!」






 船は【連合ハマグリベース】へ帰港する。


 迎えるようにウミネコが鳴いた。

やっと画像の貼り方がわかった……



コロン様からの菊池祭り参加賞です。


挿絵(By みてみん)


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