88 生命、あるいはちくわ
指に嵌めるちくわはこのように作られるのか。
「何だったら、使ってみてください」
「使うって……」
せっかくなのでと標準サイズのちくわを受け取った菊池は、アタルではなく疑問を述べた離凡に向けた。プレイヤーにアへ顔ダブルピースをさせるのはどうかと思うので、無難に笑わせることにした。
「うははははははははははははは……」
笑い転げる離凡。10秒経過で指に嵌めたちくわは燃え尽きた。
「どうです。素晴らしいでしょう?」
自発的にアヘ顔ダブルピースしようとしていたアタルは、何事も無かったかのように言った。
「原料は何なの?」
やはり魚介類……いや、塩とか牛肉とか持っている。
「原料?何を言っているのかわかりませんね。生命に原料など要りませんよ」
アタルはもう1本作った。
「生命って何なの?」
自分が知る物とは異なる。
「難しいですね。うーん、ある種の燃料と言うべきでしょうか。昔の人は巨大な生命に乗って、『サーキット』と呼ばれる遺跡で疾走った、と記録があります」
生命……乗る……サーキット……ちくわ?
「遺跡での走行は、前触れ無しに別の世界から現れた生命……」
アタルは菊池と岐阜と離凡を見る。
「『プレイヤー』の皆さんがとてもお上手かった、とも」
考察厨が喜びそうだ、と菊池は思った。
「このオアシスに暮らす人たちは、ちくわに乗ってレースをしないの?」
菊池の質問。アタルは指で摘まんだちくわをと菊池を交互に眺めた。何言ってんだコイツ、と表情が語っている。
「あなたの言う『旧式の生命養殖装置』で作ったちくわで、アタシたちはレースをするのよ」
「えっ、ちょっと待ってください」
アタルはちくわ作成装置に触れた。
「このサイズだったら、相当大きなちくわになると思うんですが……」
何だろう、食い違いがある。
「亡霊じゃああるまいし、まさか腕に嵌めるんですか?」
「「「えっ?」」」
「なるほど。プレイヤーの皆さんとおいどんたちとは、スペックが違うんですね」
スペック?
「レベル低……失礼。生物としてのカテゴリーが異なる、と言う意味です」
「回りくどいな」
岐阜の堪忍袋は限界が近そうだ。
「アタルさん、ひょっとして……あなたたちはその小さなちくわを指に嵌めてレースをするの?」
「少し言葉が足りませんね。養殖生命を指に嵌めることで、おいどんたちのリミッターが解除されるんです。実演してみますね」
野太い。一人称的に毎日木刀で丸太などをブッ叩いているのだろう……(偏見である)、そんな野太い人差し指にちくわが嵌まる。
《リミッター解除》
ガシャン!
アタルの肩に亀裂。その中には歯車。配線や基盤もある。
ガチャン!
普通の効果音。
アタルの頭部のターバンを突き破りアンテナらしき物が上に伸びる。
ガチャン!ガチャン!
普通の効果音。
アタルの脛とふくらはぎに亀裂。スラスターが剥き出しになる。
ガチャン!ガシャン!スバッ!
着ている服を突き破り、背中に羽が生えた。
「申し訳ない、ここで翔んだら家が壊れてしまいます」
アタルは指からちくわを外した。
「せっかく作った生命です。魚の餌にしましょう」
「魚……いるんだ」
「オアシスで飼っています。いつかやってくる伝説のプレイヤーのために養殖しているのです」
見てみましょう、とアタルが言うので着いて行く。
集落の中央にあるオアシスに青空が映っている。水は綺麗なんでしょうか、と顔を近付ける離凡の首根っこをアタルが掴んで持ち上げる。
「危ないですよ」
半分焦げたちくわがオアシスに投げ込まれる。水面に波。無数の魚がちくわに食らい付く。
「ピラニアです」
3人とも情報に脳が追い付かない。
「ピラニアです。大事なことなのでもう一度言います。ピラニアです」
「ピラニアでちくわが作れるの?」
実際どうだろう?
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」
笑い出すアタル。
「何がそんなにおかしい」
とうとうキレた岐阜。だが。
「プレイヤーの皆さんは、いつも同じ質問をするもので……失礼」
「いつも?」
「あなたで7人目です」
A。
B。
C。
D。
E。
F。
G。7人目。
「他にプレイヤーが来ているのね?」
「すでにお帰りになられています」
アタルはオアシスの反対側の岸にある遺跡を指差した。
「あの施設はプレイヤーの皆さんだけが使えるそうです」
【タイムマシン】
その遺跡の壁にカタカナでハッキリ書いてあった。
「亡霊退治は……無理強いはしません。厳しいと感じるのであれば、あの施設でプレイヤーの世界へ1度戻るのも良いかも知れませんね」
「亡霊は倒すわよ」
「失敗しても亡霊退治は何度でもやり直せますよ。そもそも未だに成功者はいません。良いところまで行ったのは菊池毒皿さんのみですね」
「うわー、アイツか」
まさかの名前が出てきた。
「その、アタルさん。飛べるんですよね?絶対にちくわよりも速いですよね?」
飛べたからと言って、12チクワンを超えるとは限らないだろう。
「亡霊とレースで勝負するんですよね?どうして自分で挑まないんです?」
離凡の疑問は最もだ。2次元的な動きのちくわよりも有利では無いか。
「恐ろしいことですが、おいどんたちが速すぎて勝負そのものが成立しないのです」
まあ飛行機と車がレースをしても……勝負したとは言えない。
「おかげで除霊できません。逆に、亡霊の土俵で……ちくわに乗ってレースをするなんて……プライドが許さない。だってそうでしょう?古代文明の末裔であるおいどんたちが、どうして亡霊ごときのレベルに合わせてやらなければいけないんですか?文句があるなら飛んでみればいいッッッッッ!」
さっき悪霊退散とか言ってましたよね、と離凡は小声でスタイリッシュに言った。




