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86 オアシス

 ピヨピヨピヨピヨ……






 いつもの効果音が微かに聞こえる。


 視界が甦った。正面に地面。赤い砂。うつ伏せだった菊池はゆっくり立ち上がる。


 空には太陽。砂塵が舞う。暑い。


「異世界に転生?」


 んなわきゃ無い。この物語のジャンルは転生要素の存在しないVRゲームなのだから。いつ炎上してもおかしくない展開ばかりなのに、さらに火薬をまぶす行為などしない。


「うーん、ここは?」


 足元から聞き覚えのある声。と言うか、菊池の下敷きになっている。慌ててどくと、砂地が盛り上がり、離凡が立ち上がった。


「えーと、夢?」


 ごめんねなんとなく呼んじゃった、と謝る前にとぼけたことを言われ、菊池は何も言えなくなった。異世界転生の発想が出ないほど彼はピュアだ。


「おーいッッッッッ!」


 赤い砂丘の陰から岐阜が走って来る。


「白菊先生……と、お知り合いの方?……どうにか合流できてよかった」


 離凡と岐阜は初対面だ。どなたですか、と離凡が問うのでとりあえず『えーと、夢』と答えた。話せば長い。何から話せば良いのやら。仕方なく『かくかくしかじか』と言ってみたら離凡と岐阜は納得した。


「ここはどこでしょう?」


 重要だ。


 見渡す限りの赤い砂漠。たいへんだ僕の視界が真っ赤っ赤。


「向こうには砂しか無かったが……鎌倉先生と仙台はいずこやら……」


「カオザツさんもいないですね。やっぱり、夢?」


 夢だと判断させたままのが良い気がしたので否定はしない。岐阜も突っ込まない。結構人見知りなのかも知れない。


「いや、待って」


 菊池は恐ろしい事実に気付く。


 鎌倉、仙台、そしてカオザツ。


 濃い。それはもうめんつゆの原液のように。


「なんか嫌な化学反応が起きてる気がする」


 精神衛生上のためにとにかく合流を目指すべきだ。改めて周囲を見渡すと、背景に不釣り合いな赤い矢印が浮いていた。岐阜が指差す。


「あの矢印に従って進んだら合流できたのだ」


「何、その親切設計?」


 あてもなく遭難する感じのイベントでは無いようだ。






「まだなの……」


 何時間歩いたのか、メニューで確認する。さっき見てから2分も経っていない。


「白菊先生、意外におしとやかですな、アッハッハッ!」


 汗だく『』の菊池が足を取られる砂の上を、同じように歩いているはずの岐阜は平然としている。言葉を選んで『おしとやか』なのか、本気で思っているか不明……仙台が基準なら本気だろう。


「ゲームを終えてからが楽しみですな。良い鍛練になる」


 VRゲームログイン中の運動は基本無駄だが、稀にプラシーボ効果がかかることがあるらしい。


「ほっほっほっほっ……」


 離凡は側転で元気が頑張るかのように砂の上を進む。筋力に影響が無くても、身体操作の訓練にはなる。


 お見事、と誉める岐阜に、離凡は2回転ひねりのサービス。メダリストと伝統競技の指導者との相性は良いようだ。


「ひいこら、ひいこら……もっとアタシを労りなさいよ……」


 どうしてちくフルには武器が存在しないのだろう。剣とか槍とか杖とか。またまたメニューを視る。2分経過すらしていない。もう疲れた。


「おっと、白菊先生ッッッッッ!杖が落ちてました!これを使えば楽に歩けますぞ!」


 武士は男尊女卑のイメージがあったが、流鏑馬の指導者はレディーファーストをわきまえているようだ。奪い取った菊池は地面に突き立て体重をかけるが……スルリと砂に埋まった。ブフォ、と離凡が吹き出す。


 これがRPGだったら……


 少なくともPvP発生は間違いない。


 疲れで朦朧とする菊池は、なんとなく杖の説明文を見る。






 ーーーーー


 破壊の杖


 攻撃力 +9999


 ーーーーー





「攻撃力あるんかいッッッッッ!」


 よしきた!自分を笑った離凡に天誅ッッッッッ!


《武器は装備しなければ使えません》


 無慈悲ッッッッッ!


「なら装備ッッッッッ!」


《このゲームでは武器を装備できません》


「なぜ存在するッッッッッ!」


 ちくフルクオリティだからである。


 まあ何かのキーアイテムなのだろうが……


「あっ菊池さん、ここにも破壊の杖が」


「白菊先生、こちらにも落ちてる」


 だんだん意味が無い気がしてきた。


 何も無かったことにして菊池たちは進む。





 数分ーー菊池に取って無限の長さの時が流れ、彼女たちはオアシスにたどり着いた。


 オアシスの集落総出で出迎えられる。NPCだろう。問題は名前だ。


「旅人とは珍しいですなぁ。ふぉっふぉっふぉっ……」


 いかにも砂漠の民で、いかにもその長老と言った風貌の老人が握手を求めた。


() ()


 長老の頭の上には、なんかどっかで見た気がするネームが付いていた。顔もデジャヴを感じる。某京ドームじゃないけど、とりあえず握手。


「さぁさ、喉が渇いたでしょう?遠慮せずにどうぞ」


 いかにも砂漠の民の中でモテモテと言った感じの褐色踊り娘が、水瓶からコップに透明な水を汲む。


() ()


 踊り娘の頭にも、なんかどっかで見た気がするネームが付いている。目元にデジャヴを感じる。コップの水は冷たい。3人揃って腰に手をあてて飲み干す。


「もしよろしければ泊まっていきませんか?寝床を用意しますよ」


 いかにも砂漠の民の中で一番歯がキラッと光るガチムチが、意味も無く腕の筋肉をアピールした。暑苦しい。


() ()


 ガチムチの頭にも、やはりどこかで見た気がするネームが付いている。……白い歯をこんなに無駄に光らせるNPCの知り合いなどいない。考えすぎだ。


 配当の案内でいかにも砂漠砂漠と言った感じの住居に連れられる。日陰だ。


 ひゃっほうと中に飛び込もうとした菊池。住居の奥柱の陰で少年がこちらを見ているのに気付く。


 好感度を意識してお上品に挨拶。少年は柱の陰から出て来て挨拶を返す。


() ()


 それが少年のネームだ。

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