84 とばっちり
「ツベコベツベコベツベコベツベコベ……と言うわけでボクはちくフルで暴れ回る『菊池』を粛清しているんだ」
「zzz……」
「おい、君ッッッッッ!聞いてんの?」
ほぼ愚痴の身の上話を続けていたカタキが、離凡の肩に持たれて眠るカオザツの頭を揺すった。
しかし、カオザツは眠っている。いや……タヌキ寝入りだ。
それを悟った離凡はいっそ差し出そうかとも考えたが、実行すれば取り返しの付かない遺恨が残るだろう。そもそも受け取るまい。カオザツの魅力はゼロだ。
「(裏声)とても素晴らしいお話です。ワタシ、感動しました」
思い切って離凡は、カオザツのふりで裏声を出した。やっちまった~、と言ってから後悔したが。
「そうかそうか」
カタキの知能は言動に比例して低かった。質が低い偽りであっても、カタキにとっては全肯定。気を良くしたカタキは。
「ツベコベツベコベツベコベ……」
毒にも薬にもならない内容の猛毒を垂れ流した。
周囲には誰もいない。喜んでぇ、と積極的に愚痴を聞くようなプレイヤーが存在するとは離凡には思えない。NPCならあり得るが、そうなるためには膨大な好感度が必要だ。喋る度に自らの株をストップ安させていくカタキを、止めようとするNPCは存在しない。
心をへし折られ、とうとうログアウトを決意した離凡だが。
「カタキ……お前、何やってんだ?」
奇跡か。人だ。プレイヤーだッッッッッ!
愚痴と憎悪と妬みと逆怨みに手足が生えたようなカタキに声をかけるプレイヤーがいるとは。それも2人。
「この人、オラの友達なんだ。迷惑かけてごめんなぁ」
友達、だと……
小太りの方ーー菊池光線銃が離凡に頭を下げた。
「友達なんかじゃ無いッッッッッ!」
カタキは唾を飛ばして叫ぶ。
いやぁ、そう言ってくれる人なんてなかなかいないぞ。離凡がそう言う前にも
「お前、カップルに絡むなって何度言えばわかんだよッッッッッ!」
荒っぽい方ーー菊池毒皿が、カタキの襟を子猫のように掴んで持ち上げた。
「うるさいッッッッッ!幸せな人間は例外無く僕の敵ムゴッ!」
毒皿は激昂するカタキの口に鰻の蒲焼きを詰め込んだ。カオザツの目が薄く開き、眉間に深いシワが入る。
「悪いな。コイツのネームを見ればわかると思うけど、『アレ』なんだわ~!鰻やるから許してやってくれッッッッッ!」
離凡は鰻の蒲焼きがいくつも入った紙袋を受け取る。周囲に蒲焼き独特の匂いが拡がり、……カオザツの手が静かに伸びた。
「デートの邪魔して、本当にごめんね」
光線銃も鰻の蒲焼きの入った紙袋を離凡に押し付ける。…………カオザツの手が、静かに伸びた。
「クッソォッッッッッ!邪魔をするな。この人たちはボクの理解者なんだッッッッッ!」
離凡はジタバタするカタキから目を逸らし、どうすればこの危険人物との関わりを無かったことにできるのか必死で考えた。
本当に本当に済まん、と毒皿が新たな鰻の蒲焼きが入った紙袋を手渡した。………………以下略。
空に流れる雲が増えて、影が差した。
風が湿気を運ぶ。
「ちくフルなのに、雨が降りそうだな」
見上げた光線銃が、またも蒲焼きの紙袋を離凡に渡した。
いやいらないです今すぐそのゴミを連れてどこかに行って2度と戻ってこないで、と言いかけた離凡の口をカオザツの手が静かに塞いだ。
「本当にお邪魔みてーだな」
毒皿は摘まんでた子猫……いや、子猫に失礼だった。カタキを高く投げ、自身も飛び空中でキャッチ。キン肉……技をかけたのが毒皿なので毒皿バスターッッッッッ!紛れもなく暴力行為ッッッッッ!
「警備のみなさーんッッッッッ!暴力行為ですよッッッッッ!」
カタキの悲鳴をかき消すほどの叫びが周囲に響く。いつもならNPCが止めに入り、危険人物を喧嘩両成敗で逮捕即座敷牢にワープ……となるはずなのに、今回に限って誰も現れない。
「暴力性が足りねえか。ならオラも……」
光線銃は掌を悶えるカタキに向け。
「波ぁぁぁぁぁッッッッッ!」
寺生まれ、と言うよりかめは……光線銃波ッッッッッ!
モデルガンであっても、公的な場で人に向ければ何らかのペナルティを受ける。光線銃波だって(それが創作物由来の絶対に再現不可能な攻撃手段であっても)、ちくフルクオリティの観点では暴力行為である。
いつもなら即逮捕なのに、今回に限って誰も現れない。
「なんだ?おかしいな」
空が黒雲で完全に隠れる。
街灯が離凡たちを照らす。
ジタバタするカタキの手足の影は、周囲の建物で不穏に舞う。
雨が降り始めた。
「おいおい……まるで……」
毒皿と光線銃が顔を見合わせた。
「その前に……ちくフルクオリティであっても、濡れるのは良くないよ」
光線銃はカタキの足を掴んで引っ張る。
「お二人さん、良ければカタキで雨宿り「しねーからッッッッッ!」
どうにか離凡は突っ込む。
雨が激しくなる。
カオザツの口がモゾモゾ動く。見てみぬ振りする離凡だが、空になった紙袋は回収した。ゴミをゴミ箱に入れるくらいのマナーは、離凡にだってある。




