70 怒らせてはいけない
「きっと戦国時代の兵士はこのような気持ちだったのだろうな」
円柱状の白い結晶ーー塩ちくわが3本、疾走る。
「そうでしょうね」
鎌倉の問いかけに、並走する仙台が答える。岐阜には『このような気持ち』がどの感情を指すのかわからない。
転がったデコトラに後続のデコトラが玉突き事故を起こして大惨事になっている。
「稚児らは無事でしょうか?」
転がったデコトラを運転していたらしい黒づくめの男たちは、荷台を確認していた。辺り一面蟹臭い。
「気配は無い、と言いたいが。……エヌピーシーの気配が掴めん」
『気配』と言うのも、岐阜にはわからない。いつかわかる日は来るのか。
「だが人……我々と同じプレイヤー、で良いのか?それは感じた」
だから殺気が届いた。
「軽率であったな」
馬を駈るようにちくわを操作し、デコトラや人を避けて進む。
「悔しいのう。くえすととか言う物の趣味が悪いのもそうだが、稚児をかどわかすのに人が参加しているとは」
たかがゲーム。たかがフィクション。だとしても。
「それを止めるどころか、大惨事にしてしまったことが悔しい。でことらの運転手にも家族はいただろう。家屋もだいぶ壊した。どう償えば良いのやら」
「鎌倉先生、稚児らを助けましょう。その後に、3人で考えましょう」
「岐阜殿の言う通りです。まずはなすべきことをなしましょう」
鎌倉が顔を上げた。その時。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
正面に横たわるデコトラの向こうから、赤いちくわーー蟹100%が飛ぶ。
「テメーら、何しやがったッッッッッ!」
運転手のネームは『菊池フルスイング』ーー菊池を略してフルスイングと呼ぶことにする。
すでに察知していた鎌倉が目配せし、左右に別れる。フルスイングは着地と同時にアクティブシザーを左右に飛ばす。
左に逃げた鎌倉は最小限だけ身をよじって、悪意を避ける。右に逃げた仙台は対応できなかったが、動物的直感でウイリーした岐阜がアクティブシザーの片割れを弾いた。
「知らない『菊池』だなッッッッッ!」
フルスイングは倒れたデコトラにちくわをぶつけて強引に向きを変えた。標的は仙台と定めたようだ。
「俺の知らねえちくわに乗ってるのも気にいらねぇッッッッッ!」
塩ちくわは……塩100%。見た目も明らかな結晶である。
スペックは、初心者の鎌倉ご一行では説明できないッッッッッ!まだ作者が考えていないのではない。比較対象をあまり知らない初心者では、上手く説明できないのだ。
「潰すッッッッッ!」
1対のアクティブシザーを正面に揃えて、爪を前に向け仙台へ向かう。が。
「何をしやがったッッッッッ!なんなんだよお前ッッッッッ!」
背後の鎌倉が存在しない弓で存在しない矢を放つ動作をし、フルスイングは身を屈めた。
「ずいぶんと敏感なのだな」
「テメー、チートだなッッッッッ!」
ちくわを疾走らせながら、フルスイングは呆けた顔をする。GMに鎌倉のことを報告しているのだ。
「岐阜ッッッッッ!仙台ッッッッッ!稚児らは任せたッッッッッ!」
好機と見た鎌倉は、コントローラーを手に持ってフルスイングに迫る。
「「先生ッッッッッ!後は頼みますッッッッッ!」」
岐阜と仙台は先に進む。
鎌倉は赤いちくわに体当たりを試みようとしたが、追い付けない。塩と蟹では加速性能に差がありすぎるようだ。
「GMッッッッッ!仕事しろやッッッッッ!」
恐らく『仕様です』の4文字の返答を受けたのだろう。フルスイングが怒鳴り散らす。
ジーエムとやらが何を示すか知らぬが。
先を行くフルスイングに、鎌倉は存在しない弓を向ける。フルスイングは倒れたデコトラの陰に隠れたが、鎌倉は構わず存在しない矢を放った。
「クソッッッッッ!」
罵声は聞こえたが手応えは無い。ホーホケキョと効果音。倒れたデコトラが吹き飛び、蟹の爪が向かって来る。鎌倉はウイリー。持ち上がった前部の下をアクティブシザーが潜る。
「ジジイッッッッッ!何者だッッッッッ!」
落ちてきたデコトラの向こうからの問いかけに鎌倉は。
「貴様に名乗る名はなど無いわッッッッッ!」
同時に存在しない射撃。
「もう良いッッッッッ!」
アスファルトに落ちたデコトラが跳ねる。
「良くわかったぜッッッッッ!」
デコトラは鎌倉へ転がる。
「同類かよッッッッッ!」
瞬間。
鎌倉は幻視した。
学校のグラウンド。
バットが白球を打つ音。
あるいはバットが選手のケツを打つ音。
根性入れてやるとの罵声。
正面のバッターボックスに立つフルスイング。
フルスイングが左手で硬球を浮かせる。
その左手がバットを掴む。レベルスイングで振られたバットが硬球を真芯で捉える。
鎌倉は飛んだ。真下を殺気が横切る。
飛ぶ間にちくわが前に進む。
鎌倉はどうにかシートを掴んだ。
「野球選手かッッッッッ!」
そして、同類か。
鎌倉は塩ちくわを疾走らせる。倒れたまま並んだデコトラの向こうにフルスイングを感じた。
「嫌みかッッッッッ!」
違ったか。一流の気配を感じたのに。
「俺は万年補欠だッッッッッ!」
デコトラの向こうから、存在しない快音がいくつも響く。殺気がデコトラをすり抜け鎌倉を襲う。避けていても埒が開かない。鎌倉は殺気を殺気で射ち落とす。
「何者なんだッッッッッ!本当に何者なんだよッッッッッ!」
同類との遭遇は初めてらしい。
「坊やをしつける者だッッッッッ!」
鎌倉が勝手に動いて困っています