66 時にはバナナの皮のように
サブタイのネタがわかる人はいるのだろうか。
菊池は岐阜のみを伴って、再び地下水路にやって来た。
足音と水の流れる音が耳に痛い。会話が無くて息苦しい。いや、流鏑馬の話とかされても困るか。
「白菊先生、実はね……ちょっとだけホッとしています」
岐阜もそのように感じていたのだろうか、唐突に口を開いた。
「何がですか?」
「……鎌倉先生を尊敬する気持ちは本当です」
「はい」
「…………仙台殿を、親友だとは………………本気で思っています」
「……はい」
「でも…………………………………とても疲れます」
「聞かなかったことにします」
それでも真人間が1人いるのは心強い。菊池は自分を棚に上げてそう思った。
地下水路を抜けて塩まみれの空間に着いた。
テントとプレハブと屋台と日傘を足してラリアットで破壊したような構造物は、ここで暮らしていた子供たちの寝床だ。
「この空間って、そんなに寒く無いですよね。地下だからでしょうか?」
言われてみればそうだ。【ホタテ産業保護区】は、ちくフルの世界ではかなり北だ。外はやや肌寒い。
「地下水が流れてるのにそんなに臭くないわね。塩もあんまり臭わないわ」
プレイヤーへの配慮だとは思う。
2人は塩の山を避けてどんどん奥へ。奥の壁は塩にまみれているが。
「ドアノブがあるわ」
回してみます、と岐阜が握るがビクともしない。
「ドアノブがあっても横開きとか、シャッターみたいに上に収納されるとか……」
過去に経験がある。ちくフルクオリティ。
しかしダメ。開く気配は無い。
「そう言えば、白菊先生も稚児らからお聞きになったと思いますが、ガラクタがあったそうですね」
塩と寝床しか見つからないが。
「うーん。子供たちの目線で考えてみましょうか」
視線を床に向ける。そのまま壁づたいに歩くと亀裂があった。屈めばギリギリ通れそうだ。
「稚児らは……ムギュウ、体が小さいから……ムギュウ、楽に……ムギュウ、通れるのでしょう、ムギュウ」
「……楽に通れますが、何か」
自称ナイスバディの菊池は、複雑な気持ちで岐阜の胸筋を見た。
「ムギュウ!やっと抜けた」
岐阜の後をすんなりと通った菊池。亀裂の先は鉄クズだらけだ。
「戦車でも作れと言うのかしら……」
いや。待て。
「……鉄クズで……ちくわ」
「白菊先生ッッッッッ!気を確かにッッッッッ!」
菊池はとりあえずアイテムボックスに入れようとして……
「入ったッッッッッ!」
鉄クズがアイテムボックスに入ったッッッッッ!アイテムとしての扱いらしい。
「鉄クズがアイテムボックスに入ったッッッッッ!」
「ク●ラが立ったみたいに言わないでくださいッッッッッ!」
「ウフフフフフフ……鉄クズのちくわ楽しみねー……何これ」
鉄クズは鉄クズである。何の役にも立たない。某無名アドベンチャーに登場するバナナの皮と同じ扱いである。
鉄クズを集めて行くと、横向きの『?』が出た。サイズはネームの文字程度。触ろうとするとすり抜ける。
鉄クズを取り除くと、皮膚に似た感触の何かに包まれた電線の束を見つけた。束の中には金属製の芯らしき物がある。さらに取り除く。
「ひょっとして、ロボット?」
両腕は肘から先が無い。足は右のみ。剥がされている顔の上に、プレイヤーやNPCと同じようにネームがあった。
『●池●●●●子?』
2文字目と最後の文字を除いて伏せられている。
「子が付いてますし、女性型でしょうか?」
そう言って腕を組んだ岐阜の鎧に包まれた胸を見た菊池。謎のロボットの胸を見ると人間の肋骨らしきフレームがあるのを見つけた。
「岐阜さんみたいに、しっかりした体格の男性型だと思います」
持って帰れるか、と思ったらアイテムボックスに入った。
他に鉄クズをアイテムボックスに放り込み、その場を確認する。特に何も無い。さらに奥も無い。ドアはあるがドアノブが折れていた。
来た道を戻る。
マンホールから出て大通りに入るとと、燃え盛る松明を持ったNPCの群れが通っている。
「菊池を高く吊るせッッッッッ!」
「菊池を許すなッッッッッ!」
「菊池を逃がすなッッッッッ!」
「出てこいッッッッッ!菊池ッッッッッ!」
物騒なことを叫ぶNPCは、そばにいる菊池たちは目に入っていないようだ。
「ゲームのジャンルが変わったのかしら?」
「変わるモノなのですか?」
菊池のジョークを岐阜は間に受けたようだ。
いや、戦闘も視野に入れるべきか。有名ベトナム帰還兵シリーズの第2作のクライマックスのように、乱暴に機関銃を上に向け乱射している者がいる。
暴徒はガレージの方角に向かっている。菊池たちは追うようにガレージへ向かう。ガレージのある地域は暴徒の群れが押し寄せ、中に入れない。
トラック、トラック、トラック……
背後から、1度聞いたら絶対に忘れない効果音。
振り向くとデコトラが横切った。一瞬見えた運転手の顔は、どこかで見た記憶がある。
「おい、アンタら。こっちやで」
路地裏から呼ぶ声。クバリが手招きしている。
そうだ。あの運転手は。
「このまま眺めていても仕方ありません。白菊先生、行きましょう」
岐阜に手を引かれ路地裏へ。
「なんや、色々大変らしいな。身寄りの無い子供らをガレージで保護しとるんやって?」
「どこでそれを?」
「まあ色々な。とりあえず、子供らだけでもなんとかせなならんか……でも時間が解決するってこともあるやさかいになぁ」
「何か良い方法はありませんか?」
岐阜が問う。クバリは考え込んだあと、菊池を見た。
「嬢ちゃん、体張る気……あるかい?」
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『●池●●●●子』
↓
『菊池駿馬の弟子』
まさか、そっちとはね。
《Y》
「なんだってしてやるわよ」
「着いて来ぃ……」
クバリはすぐ近くの建物に入る。菊池と岐阜も後に続く。
建物はガレージだった。照明が1本のレース用ちくわを照らす。
「嬢ちゃんが囮になって、あのクソガキどもを引き付けてくれや。ワイと岐阜はんとで、その隙に子供ら保護するで」
「無茶だッッッッッ!」
「できるわよ」
菊池はそのちくわに触れる。
「これ、使って良いんでしょ?」
クバリの口角が上がった。
「秘密兵器はまだあるでぇ」
クバリは紙袋を菊池に手渡す。
「……クバリさん。どこからが偶然で、どこからが必然なの?」
中身を見た菊池は邪悪な笑みを浮かべる。
「偶然も必然もあらへんよ。ひとりひとりの選択が現在の状況を生み出したんやで」




