64 スタグフレーション・チルドレン その2
「みんな……い、いっぱい……た、た、食べてね……」
「「「「「やった~缶詰だ~♪」」」」」
菊池は心の中で血の涙を流しながら、持っている全ての缶詰を子供たちに渡した。缶詰は缶切りが無くても開封できる仕様だ。
「ごちそうだ♪」
「お魚美味しい♪」
「食べても食べても無くならないよ♪」
まあ良かったかな、と菊池は思った。ゲームーーフィクションであっても、貧しさに苦しむ子供を見るのは辛い。
「白菊先生、ありがとうございます」
兜を脱いだ鎌倉は、菊池に向かって深く頭を下げた。
「私どもは、レース用ーー流鏑馬練習用の素材しか持っておりませんでした。菊池先生がお腹を鳴らした子供を見て、すかさず缶詰を渡した姿に……私は恥ずかしくなりました。素材を料理すれば子供たちに与えられたのに、その発想が全く無かった」
「いや、その、待ってください鎌倉さん。ゲームですし……」
「確かにゲームです。ブイアァルです。子供たちは架空の人物です。ひもじい思いをしている子供に構わずとも、罪悪感を覚える必要は無い。なのに貴女は迷わず食糧を差し出した」
葛藤はあった。菊池は食い物が絡むと思考が1兆倍に加速される、客観的には短いが、人の一生を何度も繰り返すほど彼女は葛藤した。これがリアルなら胃に穴が開いただろう。
「ご立派です。白菊先生に出会って、本当に良かった」
鎌倉は籠手で涙を拭った。
「お言葉ですが鎌倉先生、白菊先生」
岐阜は顎に手を当てた。
「何かが解決したわけではありませんよ」
「失礼ですよ、岐阜殿」
仙台から目に見えぬ姑属性のメンチビームが岐阜に放たれる。しかし岐阜は姑完全無効ッッッッッ!
「いいえ、言わせていただきます。今日この瞬間に食べ物を施しても、明日はどうなさるのです?」
「岐阜殿、ろぐいん中は時間が加速するのですよ。稚児らに明日も「永遠にゲームを続けられるわけではありませんぞ」
「岐阜君の言う通りだ。ゲームをやれる時間には限りがある」
鎌倉は遠い目で子供たちを見る。
「この町の大人は何をしている……」
ガリッと唇を噛む音を聞いた。
「ねえ、君。お父さんやお母さんは……」
ちくフルは、ちくフルクオリティである。子供たちがここで暮らす理由が斜め上の理由かも知れないので、いちおう菊池は聞いて見た。
缶詰を食べる手を、全員が止めた。ちくフルらしからぬ展開のようだ。
「塩をね……」
1番歳上らしき少年が口を開く。
「集めた塩を売れば、きっとちくわを作るお金ができる」
ちくわでレースをして稼ぐつもりらしい。
塩はいくらで売れるのだろうか?
素材さえあれば、メニュー画面で料理を作れる。材料が魚しか無くても、ちらし寿司やシーフードカレーなど簡単に作れてしまう。プレイヤーの間で塩に需要は無い。NPC同士で塩を取引した話も聞かない。
そもそも売れるのか。売れても干しホタテ貝柱での支払いだ。足元を見られた上、価値の低い通貨で支払われるなら。
菊池は鎌倉に小声で相談した。白菊先生の言うことは良くわからないがきっと正しいだろう、と彼は呟いた。
「ねえ、みんな。アタシね、塩が必要なの。でも困ったことに鮭とスッポンしか無いんだ。いちおうさ……ちくわにはできるけど……嫌じゃなかったら交換してくれないかな」
「「「「「交換しようッッッッッ♪」」」」」
素材と塩を交換する。
「10tか……ずいぶんあるわね。そうだ。みんな、ちくわを作れる?もし良ければアタシのガレージでちくわを作りましょう」
子供たちは歓声をあげた。
プレイヤーの拠点となるガレージは、たいてい役所の近くにある。【ホタテ漁港】も例外では無い。
ガレージのレイアウトはどこでも同じだ。干貨を役所に払えば瞬時に増築できる。菊池は干しホタテ貝柱500万個支払い、ガレージを増築した。
「「「「「すごいお屋敷だ!」」」」」
増築したガレージの大きさは学校の体育館くらいはある。地下の子供たちおよそ200人が入ると狭い。
「それじゃ、ちくわを作ろっか……」
菊池はちくわ作成を選択したが。
「そうだわ、素材渡したんだった…………えっ?」
作成可能ちくわに……なぜか『塩』が含まれている。
少し迷ってからバグと判断。GMにメールを送り、子供たちのためにちくわを作る。
2本目の鮭ちくわが完成するのと同時に返答が返って来た。
『仕様です』
メールそのものは長い。どこの京●夏彦だよ、と突っ込みを入れるくらい長い。だが京極●彦とは異なり、内容は無いようで、要点はたったの4文字で済む。
あー、もう、ここのGMはプレイヤーを舐めてんなぁ~。確かにアタシは課金しないけど、あちこちに広告入ってるんだから、広告収入あるんだから、もっと気合入れて欲しいわね~。あっ、ガレージにも広告。古き良きガソリン車だって~。免許無いで~すッッッッッ!買いませ~~~~~んッッッッッ!
「って、仕様ッッッッッ!?」
塩を素材にしたちくわが仕様?
塩って魚だっけッッッッッ!
魚介とは。
菊池は震えながら塩100%のちくわを作成する。
「ほう、意外ですね。塩でちくわが作れるとは」
興味があるのか無いのかわからない風に鎌倉が言う。
「……アタシも驚いています」
できあがった塩ちくわのフォルムは純白。菊池はこのちくわを疾走らせたくなった。
「あっ、サーキット使えないんだった」
「私たちが無理でも稚児らはレースをできるでしょう。『菊池』では無いのですし」
鎌倉はそう言うが、ちくフルは……ちくフルクオリティなのだ。不安がある。