63 スタグフレーション・チルドレン その1
バケツを持った幼児がヒイヒイ言いながら狭い路地裏に入る。何度も声をかけたが、幼児は逃げてしまう。
(菊池を除く3人は)掃除をしたいだけなのだ。幼児を放って自分たちでやれば良いと菊池は思うのだが、鎌倉は『立派な心がけだ』とどうしても褒めたいらしい。
岐阜、仙台、鎌倉、菊池の順に後を追う。余計なお世話でしか無いが、嫌な予感が止まらない。
「くっ、馬さえあればッッッッッ!」
「岐阜君、何を言うか。ここはブイアァルゲームの中だ。持ち込めるわけ無いだろう」
鎌倉は……ゲームと理解した上でソバ屋NPCをリアルに連れ帰ろうとしたのか。菊池は恐怖で震えた。
「くっ、弓さえあればッッッッッ!」
「仙台君ッッッッッ、弓で何をするつもりかッッッッッ!」
古き良き暴力系ヒロイン。菊池は関わったことを激しく後悔した。
狭い路地を抜け、裏通りに入る。同時に、ガコンとちくフルらしからぬ金属音が鳴った。
「あの稚児、見当たらないな。仙台殿、鎌倉先生、どうしましょう?」
岐阜よ、いつの生まれだ?
「ふむ……」
鎌倉が周囲を見回す。誰もいない。あるのは生ゴミの臭いのするゴミ箱のみ。路地の先はどちらも大通り。子供の足でそこまで行けると思えない。どこかの家に入ったのだろうか?
菊池は地面を見た。錆びたマンホールの蓋が少しだけズレている。
1人だったら開けて中に突入するのだが……
「岐阜君、仙台君、私はね、最近若者の文化を勉強しているのだよ」
藪から棒になんだと言うのか。
「「鎌倉先生、まだ勉強を……成長しようとなさるのですかッッッッッ!素晴らしいッッッッッ!」」
「話の腰を折らないでくれたまえ。……つい最近にね『能力バトル』と言うジャンルの、古典に当たる漫画を読んだのだ。タイトルは長いので覚えきれないが『オラオラオラオラ』と言う掛け声が印象的であった」
「『オラオラオラオラ』ですか?」
怪訝な顔で岐阜が言った。
「『無駄無駄無駄無駄』と言うのもある」
「鎌倉先生ッッッッッ!素晴らしい響きです」
「そうかね。仙台君にも後で見せてあげよう。それでだ、その古典の台詞を引用させていただく」
「我々はス●ンド攻撃を受けている」
「「『攻撃』ですと?」」
「あの稚児からな。見つけられないのはそのせいだろう」
「「馬鹿な。これはゲームでしょう?」」
「だからこそだ。ゲームなのだ。ブイアァルゲームなのだ。何が起こっても……おかしくは無い」
おかしいわッッッッッ!いや……ちくフルクオリティなのだから、あり得る?
「ニャー……」
菊池が全力で突っ込もうとした瞬間、家の隙間から汚れた野良猫が飛び出し、4人の足の隙間を抜けて行った。
「「「よもやッッッッッ!」」」
何がよもやだッッッッッ!
「いやいやいやいやいやいやッッッッッ!どう考えてもそこのマンホールの中に子供が入ったに決まっているでしょうッッッッッ!」
「白菊先生?そうなのですか?」
真顔で鎌倉が聞いて来る。
ダメだ、コイツらポンコツが過ぎるッッッッッ!
「権利的にヤバい考えは捨ててください。……マンホール開けますッッッッッ!重いッッッッッ!開いたッッッッッ!ほら見てくださいッッッッッ!地下に子供の足跡ッッッッッ!」
「まさか、本当にッッッッッ!」
「まるで武士のごとき洞察力ッッッッッ!」
「仙台君、岐阜君、違うぞ。これは推理力と言うのだ。さすが白菊先生ッッッッッ!よっ、名探偵ッッッッッ!」
「……………………………………………………………………………………マンホールの中に入りますね」
逃げ出したい菊池だったが、放置すれば関わる人全てが迷惑を被るだろう。
心の中で、彼らを紹介したクバリに『アリアリ』しながら菊池は地下水路を進んだ。ポンコツX3が後に続く。
地下水路の天井には蛍光灯が点いているが、明かりが弱くところどころ点滅するので暗い。
「岐阜君、仙台君、これはちょっとした冒険だなッッッッッ!」
鎌倉は……すでに幼児を追っているのを忘れたようだ。
「全くです、鎌倉先生ッッッッッ!まるで平家物語のようですッッッッッ!」
菊池は平家物語など読んだことは無いが、こんなシーンなど存在しないのはわかる。登場人物が『スタン●攻撃を受けている』など、古代の創作物にあるはずが無い。
「ぁあん、鎌倉先生ッッッッッ!わたくしぃ怖いですぅッッッッッ!」
誰だテメー。
菊池は黙って先頭を歩く。独りでここを歩くのは怖いが、今は別の意味で怖い。
様々な感情を腹に抱えて進んで行くと、光が見えた。海の匂いもする。
疲れることは起きないでと願いながら広い空間に入る。すると、そこは雪国……いや塩国と言うべきか。一面真っ白の塩の山。先ほどの幼児がバケツから塩を山にかけている。
「よくがんばったな。この塩が売れれば、もっと良い暮らしができるぞ」
小学生くらいの男児が幼児の頭を撫でた。他にも子供が数人いるが、彼が1番歳上に見える。
孤児なのだろうか?いやちくフルクオリティなのだから、斜め上の理由で彼らはここにいるのか?
どう声をかけるか菊池が迷っていると。
「君たちはここで何をしているんだい」
怪しい鎧武者ーー鎌倉が無造作に前に出て尋ねた。
ポカンと子供たちは怪しい人物を見ている。
「我々は怪しい者では無いよ」
リアル足軽ーー岐阜が言った。リアル足軽である。下半身は褌丸出しである。ちくフルの世界観は21世紀初頭の日本であった。菊池は電話線を探した。切断して通報を阻止するためにだ。
「お姉さんたちはね、ウフフ♪小さな子供たちの味方だよ♥」
誰だテメーッッッッッ!




