60 塩撒いとけッッッッッ!
そう言えば海藻も見たことが無いわね、と菊池は呟きながら市場へ向かう。正確には素材としての海藻だ。
たとえばオート調理で『イワシのつみれ汁』などの味噌汁系料理を作成すれば、ワカメの入った味噌汁系料理ができあがる。出汁も『昆布出汁』を選択すれば、昆布の風味が出る。
「海藻も素材にできるのかしら?」
ワカメ製ちくわ。昆布製ちくわ。もずく製ちくわ。ひじき製ちくわ。……そのくらいしか菊池には思い付かない。
「って、ワカメ製ちくわって何なのよ?」
今さらのちくフルクオリティである。
「スッポン製ちくわを求めに、市場へ行くアタシには言えないか」
もしもあり得ないちくわが本当に存在するなら、ちくライダーの間で噂になっているだろう。性能が低いならなおさらだ。
ただし菊池は他のプレイヤーと交流が薄いので耳に入りはしないだろうが。
「はい、スッポン、スッポン、スッポンだよ~」
普通に問屋街で売っていた……
「すいませ~ん、スッポンくださ~い。t単位で」
さっそく買おうとした菊池だが。
「アンタ、見ない顔だねぇ」
問屋のオッサン従業員NPCが舐めるように菊池を見る。顔から足元。足元から顔。さらに1往復。そして頭上のネームを見て固まる。
「菊池に売るスッポンは無ぇんだよッッッッッ!」
オッサンNPCは、どこからか出した塩を菊池にぶっかけ、問屋のシャッターを閉めた。他の問屋も倣ってシャッターを閉ざす。
「ペッ、ペッ……何すんのよッッッッッ!」
「俺たちゃあなッッッッッ!菊池駿馬がしたことを忘れちゃいねえんだよッッッッッ!」
そうだった。菊池姓のちくライダーは、この地域で怨みを買っているんだった。
「まいったわね……」
もう何年前だろう。菊池駿馬はこの地域で獲れる魚介類を買い占め、相場をとことん吊り上げた。揉めたPTAのプレイヤーが素材を買えないようにするためにだ。
「確か、あの頃はこの辺が最前線だったんだっけ……」
現在人気のある地域は、当時まだ実装されていなかった。【ホタテ産業保護区】が攻略最前線だったのだ。
とりあえず菊池は市場を出てサーキットに行くことにする。レースの景品にスッポンがあるかも知れない。性能がめっちゃ気になる。
「帰った、帰った。菊池を名乗るプレイヤーが疾走れるコースは、この地域には無ぇッッッッッ!」
そう来たか。
「ペッ、ペッ……困ったものね」
塩を被った菊池は復讐を誓った。
それにしても、工場の売店はよく売ってくれたものだ……
「いや、待って……」
缶詰を含む工業団地がこの地域の要だった。駿馬の買い占めで大きな損害を受けたはずだ。ならばなぜ菊池に……菊池白菊に缶詰を売ってくれたのだろうか?塩をぶっかけられてもおかしくないのにだ。
実際、市場でぶっかけられてから、何らかの商店に近付く度に塩をぶっかけられている。サーキットに入っても受付や露店や売店でぶっかけられた。
「環境が変わってる?」
誰かがワールドクエストを達成したと考えるべきだろう。
今は【ホタテ漁港】やその周辺を探ってみよう。
菊池はすぐ側のタクシーに声をかけた。車内なら塩をぶっかけられないと思ったからだが。
「菊池姓が乗って良いタクシーは無ぇッッッッッ!」
……塩に埋もれた菊池は、いったん工場に避難することにした。
「あっ、またいらしたんですね~」
工場に戻ると、先ほど案内してくれた受付嬢に歓迎を受けた。
「あらあら。塩まみれですね。これはたいへん。もしよろしければ……」
受付嬢はポケットから何かのチケットを取り出し、菊池に渡した。
「我が社の親会社が経営する健康ランドの優待券です。そちらで塩を洗い流すとよろしいでしょう。もうそろそろ送迎のバスが来ると思うのですが……」
「健康ランドねぇ……」
昔はそんなの無かった。いつの間に。
「あっ、バスが来ました」
受付嬢が指差すバスを見る。
『年中無休 スーパークバリ』
バスの広告にそう書いてある。
「せっかくだし、行ってみるわ」
この物語は全年齢向けである。
申し訳ないが、入浴シーンはカットさせていただく。
「ふう」
温泉を出て浴衣に着替えた菊池は、通された座敷で大の字になって寝転んだ。他に客はいない。NPCも従業員のみだ。
「……カラオケまである」
『ジャイアント☆TAKESI』
菊池の学生時代のアダ名である。音楽教師に『貴女は良いのよ。努力しているのは先生……知っているわ。みんなだって知っているのよ。だから良いの、良いのよ。無理は禁物よ』と言われるほどの美声の持ち主なのだ。本人にも自覚がある。
「何か頼もうっと……スッポンッッッッッ!」
メニューはスッポン鍋とスッポンの生き血のみ。ストロングスタイルであった。
当然のように菊池は頼んで、食べた。大量に。
具体的な描写をしないのは、作者がどちらも食べた経験が無く、知り合いにも食べた経験のある者がいないからである。ネット等を参考にするわけにも行かないだろう。
「うま♪うま♪うま♪うま♪うま♪うま♪うま♪……」
菊池の反応から味わいを想像していただきたい。
食べ終えた空の鍋が3桁に届こうとした時、唐突に座敷の襖が開いた。
「いやあ、ずいぶん食べる客がいると思ったら、お前さんかい」
NPCのネームは『クバリ』だ。先日ワールドクエストを受けたばかりである。
「こないだはモグモグ、どうもモグモグ、お世話になりましたモグモグ……」
「いやあ、良い食べっぷりやなぁ……ところで」
来たか。
菊池は唇に付いたスッポンの生き血を舌で舐め取った。
俺………………芥川賞取ったら、腹いっぱいスッポン鍋を食べるんだ。




