6 ダーティファイト
弟子が自分のちくわに体当たり。跳ぶと同時に、タコと蟹のちくわが時計回りに半回転。
クロックまたはリバースは1秒間長押ししないと発動しない。タコ&蟹ちくわに乗った弟子は、さらにダウンのボタンを押す。菊池のちくわを弾き飛ばすのが狙いだ。
それを黙って見ている菊池では無い。菊池のちくわも遅れてリバース。
ポンポコピー!
ちくわ同士の独特の衝突音。スケトウダラの側面が弟子のちくわの先端にぶつかり、クロック、リバース、ともにキャンセル。
弟子のちくわはやや後方に下がる。ダウンによって前傾したタコの部分がアスファルトに擦られリソースが減ったはずだ。いくら火を吹くのが蟹100%の後半分でも、完全に動きが止まってしまえば降りてもう一度人力で前に出さなければちくわは動かない。(この場合だけはコースに降りてもリタイアにはならない)
菊池のちくわは前に弾かれた。雨のせいで予想より滑る。わずかにエアダクトに入った空気で後方のバーニアに火を灯った。それを避けた菊池は跳んでシートに着地。シートの向きはターンリフト。つまり体を進行方向の反対に向けている。
ターンリフトの由来はフォークリフトから。フォークリフト免許を持つ公式のスタッフが命名したと言う。一般的な乗用車は前輪で方向転換するが、(全種類ではないが)フォークリフトは逆で後輪ーー運転手の後ろの車輪で方向転換する。
エスケープより高いシートへと後ろ向きに座るターンリフトは、後方からの追い込みをブロックするのに向いていて主にチーム戦で使われる。ただし……それはライトユーザーのみの話だ。
現在使用可能な全てのコースを熟知している廃人ーーちくライダーは、(品質並以上のちくわ搭乗時に限るが)目視無しでそれなりのタイムで疾走れる。菊池も例外では無い。
「1周する前に終わらせる」
こちらのちくわの半分は最低品質。相手のちくわの総合スペックは上。そして高性能AI搭載のNPCは設定された実力に基づいた疾走をする。基本的にミスはしない。
NPCの行動を読んで反撃するのは可能だが、ミスを期待した疾走では勝てない。
最低品質タコ100%のちくわの速度がやっと2チクワンに達する。早くもリソースは5%失われた。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
ちくフル独自の排気音をあげて、後方から弟子が追い上げて来る。弟子のちくわは前半分がタコ。すなわち蟹ちくわが火を吹いている。明らかに向こうの加速のが速い。
だがこれで良い。最初のヘアピンは5チクワン未満で突入しないと、どんなスペックのちくわでもコースアウトする。この雨ではダウンやウイリーでアスファルトを擦っての減速は効果が薄いだろう。
菊池は体をイン方向に傾ける。アウトからインへ。このヘアピンのバンクはキツめだ。そして径も小さい。推測通り、最低品質タコ100%のちくわは低速域での曲がりがそれなりに良い。それでもややアンダーステアで縁石に登りかけるが、どうにか曲がり切る。
ヘアピンに挟まれたガードレールの向こうに、チラリと弟子が見えた。ヘアピン突入時にリバース。同時にインへロデオワーク。それでも速度超過で縁石を越え、大きくコース外へ膨らんだが蟹ちくわの加速力を生かしストレートへ復帰した。
ちくわにはブレーキが無い。動き出したら止まるまで疾走り続ける。減速するには犠牲が伴う。高性能でも使いこなせなければ足枷となるのだ。
次のコーナーは右直角。
速度が5チクワンの菊池はコーナーの手前でリバース。12%炭化したタコが前に、最初の衝突でリソースを消費し2%削れたしたスケトウダラが後方に。だがリバースの勢いでコースアウト。これは狙ってした事。
続いて弟子がコーナー手前でクロック。速度は6チクワン。最初の衝突でアスファルトに擦られて4%炭化したタコが後方に、未だ消費が1%にとどまる蟹が前方に。菊池がコースアウトして空いたコーナーの中央を、クロックの勢いでスムーズに通る。
弟子のコーナーリングは非常に模範的だった。コーナーへの突入前、正面を向いてシートに座った状態ーーエスケープからの左側への巧みな重心移動。クロックによる適切な減速。重心を戻してコーナー中央の通過。次のスラロームを意識した、コーナーからストレートへの移行。
最低品質のタコを推進力に回す事で、コーナー突入前の加速を抑えていた。
……そこまでは理想的。
そこまでは。
ポンポコピー!
アウト側の縁石を乗り越えて菊池が、弟子のちくわの横っ面に突っ込んで来た。レース要素の一切無い衝突音が響く。
弟子の視界が逃れるためのコースアウト。理想的なコーナーリングに干渉するための加速を得るためでもあった。
理想的なコーナーリングの真っ最中の弟子は反応できない。右のガードレールにちくわを押し付けられる。リソースは減少。蟹の損傷は軽微だが、タコのリソースが一気に70%を切った。雨でガードレールが濡れていた分、摩擦ダメージは減少したからこれで済んだ。
菊池のちくわは跳ね返り、再度コースアウト。しかしすぐに復帰。先行しスラロームへ。ガードレールによる弟子のちくわの減速は大きい。
左、右の順に5度の折り返しの前にクロック。縁石の乗り上げによる十分な減速、さらに加速性能激低の最低品質タコに切り替え、スタンプとロデオワークを駆使する事で、無難にスラロームを抜けた。雨の滑りも味方している。
追う弟子もスラロームに入る。ガードレールに擦られた結果大きく減速しているので、やはり無難にスラロームを抜けた。
『歩く死体蹴り』
それが菊池駿馬と言うプレイヤーの二つ名だ。
コースの完走より、ただひたすら対戦相手のリタイアを目指すダーティファイト。
小さなお子さんを泣かし、同伴する保護者の顔を真っ赤に染め上げ、少年少女をドン引きさせて、青年たちの血圧を上げることで知能指数を類人猿未満に貶めた鬼畜生。
それが菊池駿馬。
ちくライダーの『ちく』はちくわの『ちく』では無いのだ。この男がそうした。
この男が図らずもユーザーの平均年齢を上げ、アカウント数を増大させ、その上で不良漫画的な意味で『気合の入った』迷惑プレイヤーを追い出した。(自分の事は棚に上げて、だ)
そのちくライダーが残したレガシーが……レガシークエストがまともなはずがない。
『歩く死体蹴り』を(弱体化していると菊池は踏んでいるが)トレースした、『弟子』を名乗るNPC相手に2時間耐久などするはずが無い。2時間耐久と言うワードは罠であり、勝つためのヒントなのだ。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
短いストレートを8チクワンで進む菊池。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
それを10チクワンで追う弟子。
「次のS字で決める」
最強にして最悪のちくライダーをトレースし、かつ(半分は)高性能のレーシングちくわを操るNPCに勝つには、短期戦しか無い。潰さなければ負ける。
なんかPVが150になってました。
読んでくださる方が想像の15倍多くて驚いています。
ありがとうございます。