59 魚介類の定義
翌日。
ログインした菊池は大きくため息をつき、アイテムボックスから取り出した鮭のオート調理を始めた。
「参ったわね……」
勤める工場は3連休の後も休業が継続される。想像以上に会社がヤバい。
菊池はガレージのベッドに横になった。
悩んだところで平社員の菊池には目の前の仕事くらいしかできることが無い。そして仕事はできない状況だ。
できることと言えば工場の稼働が再開されるのを待つか、早期退職して他の仕事を探すくらいか。後者を選ぶつもりにはならない。卑怯に思えた。
鮭の塩焼きができあがると、ホラー映画のように菊池は跳ね起きる。食欲はあるが箸が進まない。それでも時間をかけて食べ終わると気持ちの切り替えができた。
ガレージを出る。リアルはまだ朝の8時。ちくフルもまだ早朝。朝靄の中を歩きながら考える。
離凡にキチンと大学に行けと言ってしまったこと。カオザツにもリアルでキチンと働けと言ってしまったこと。どの面下げて会えば良いのか。まるでニートだ。いやすでにニート予備軍か。
フレンドリストを見ると、どちらもログインしていないのを確認できた。離凡はきっと素直に大学に行き、カオザツは夜型の生活だから寝ているのだろう。
「うーん、どうしようかしらね」
相変わらず【連合ハマグリベース】は素材不足……いや屋台がわずかにある。わずかな屋台の暖簾には『う』の文字が。
「まさかッッッッッ!」
手近な客のいない屋台暖簾を潜る。
『鰻の蒲焼き 1つ 干しハマグリ100個』
手持ちのほとんどが干しホタテ貝柱だ。
「すみません……ホタテで買えますか?」
店によってはできるが。
「ごめんなぁ、ホタテ貝柱は受け付けていないんだわ~」
くっ、カオザツがいれば両替してもらったのにッッッッッ!
仕方ない。レースで稼ぐか。
難易度7のコースを鮭100%のちくわで88周。登りの少ないコースならこんなモノよと、納得行かない思いを押し殺して鰻の屋台へ戻る。干しハマグリがそこそこ稼いだが。
「屋台が無い……」
いや、店仕舞いをしているのが1件。話を聞くと、『菊池光線銃』と言うプレイヤーが食べ尽くしたと言う。
面倒な名前が出て来た、と菊池は思った。正確には光線銃とつるむ『菊池毒皿』が面倒だ。TPOを無視して何かと絡んで来るのだ。
「鰻は惜しいけど……雲隠れするか」
カオザツと離凡に後で追ってくるようにメールを送る。結局【ホタテ産業保護区】を目的地にした。ちくライダーはまず向かわない地域だ。光線銃と毒皿とは鉢合わせしまい。
ウインドウを開け『法人管理』の項目を選択。法人に勤めるNPCにおおざっぱな指示を出す。
ちくフルにはポータルだのゲートだの、そう言ったワープ機能は無い。交通機関を利用しなければ他の地区に移動できないのだ。
拠点となるガレージは、その地区ごとに存在する役所に届けを出せば瞬時に移動するのだ。
「ワールドクエストとかでポータル機能が解放されないかしらね……」
ちくわが宙を浮き穴から火を吹いて道を疾走るカオスな世界観なのだから、……超神秘的なチカラのひとつやふたつくらいあっても良さそうなのだが。
菊池は港へ行き【ホタテ産業保護区】行きの連絡船に乗った。
航海中は特に何も起こらない。船内のサンマ、ホッケ、鰤など焼魚各種を食べ尽くすなどは、菊池にとって平常運転。他に乗客がいなかったので騒ぎにはならなかった。
船内のアナウンスが、【ホタテ漁港】への到着を告げる。
港に降りて役所でガレージ移転手続きを済ませた。
「久しぶりね」
リアルで3年以上は【ホタテ産業保護区】に来ていない。なのにこの辺りの工業団地は何一つ変わらない。
ちくフルサービス開始直後は工場見学目的のプレイヤーで賑わっていた。この地域の工場はリアルの水産加工工場をモチーフに作られている。プレイヤーは買えない仕様だが、缶詰などの製造過程を見学でき、さらに無償で試食できるのだ。……菊池が満足できない量ではあるが。
「ではさっそく見学に、と」
量は限られていても試食はする。それが菊池白菊であった。
案内する工場の受付嬢NPCに着いて行き、缶詰の缶の説明を聞き流し、缶詰の中身の加工に目を輝かせ、渡されたイワシの缶詰を開け、一瞬で中身を消失させた。
当然物足りず、工場見学者向け売店に行き物色する。
エンジョイ系のプレイヤーが血走った目の菊池を見て逃げていくので、売店はあっという間に無人になった。
「鯖の水煮、味噌煮、減塩水煮、減塩味噌煮、カレー煮、特級水煮……カレー煮なんて前に来たとき無かったわね」
干しホタテ貝柱なら死ぬほどある。あるだけ鯖のカレー煮の缶詰を籠に入れ……重いのでいったんレジで清算を済ませアイテムボックスにぶち込む。
「イワシ水煮、サンマ水煮……こっちもカレー煮があるわね」
やはりあるだけ清算して、GOtoアイテムボックスッッッッッ!
「鮭にマグロ、カツオにサーディン……サーディンはイワシ……と」
カレーかどうかに関わらず清算からアイテムボックスぶち込みのコンボが始まった。
「イカの水煮にタコの水煮……カレイ煮付け……おでん?……練り物は魚介だのもね」
清算後にアイテムボックスぶち込み。
「カニ缶ッッッッッ!」
食品として加工された素材はレース用のちくわには使えない。菊池はあるだけぶち込む。
「あん肝……ホッケの塩焼き……ホタテ貝柱……赤貝は初めて見たわ。ふうん、瓶詰もあるのね。ウニ、シャケメンタイ……イクラ、イカの塩辛、カツオの塩辛……珍しいわね」
ぶち込み、ぶち込み、ぶち込み……
「真空パックの魚もあるんだ……なになに?『レーシングちくわの素材にはできません』と、ケチ臭いわね」
干物や塩麹漬けなどに加工された真空パックされた魚を、菊池は清算ぶち込みのコンボでキメて行く。金目鯛、サヨリ、ノドグロ、鯛、穴子、スッポン、鮭、鱒、イワシ、サンマ……
「えっ?」
違和感があった。何かおかしい物があった。アイテムボックスを開ける。
「何これッッッッッ!」
魚介類とはどこからどこまでを指すのだろう?
スッポンは魚介類ではあるのだろう。だが。
「スッポンがここにあるってことは……」
菊池が知る限り貝類と海藻を除いた魚介類は、レース用ちくわの素材にできるのだ。




