56 トリオプレイ
「なになに……勝利条件は、眠っている屋台の店主が乗ったちくわに、チームの誰かのちくわをぶつける。参加人数は3人……ジャスト3人」
開いたウインドウに載っているクエスト内容を読み上げた毒皿は、光線銃の視線に気付いたが知らない振りをした。
カタキも知らない振りをした。
オラ、鰻食べたいと言う呟きを2人は聞き流す。
「……報酬は「鰻30tッッッッッ!3人で山分けだッッッッッ!」
「テメー、食う気満々かよ」
「オラは食うけど、カタキはちくわにして乗ればいいよ」
「まあ、分け前をくれてやっても良いかな。面倒だが……」
ピヨピヨピヨピヨ……
ギリギリギリギリ……
仰向けで歯ぎしりしながら眠るNPCが乗るちくわが、華麗にドリフトをキメた。
「……気になるクエストだしよ」
「ふざけるなッッッッッ!菊池から施しは受けないッッッッッ!」
「なら、これからどうするんだ?干貨はあるのか?」
「干しシジミなら……20個はある」
現在のレートは、干しシジミ20個で干しハマグリ3個である。この程度ではちくわを作成できる分の素材を確保できない。
「自分でもわかってるだろう?恩返しに状況の収拾を手伝え、とは言わねえよ。そっちは俺らがやる。白菊のBBAや白銀のジジイやその他多数の有力な菊池を集めて手伝わせるからいいさ」
毒皿は頭をかいた。
「復讐を止めろとは言わん。さっきも言ったが、何度でも受けてやる。だがよ、自分を大事にしろや。楽しめよ。友達作りとか積極的にやれ。もし『ママの敵討ち』ってのがロールプレイなら、別に止めやしねえ。好きにしろ」
「ごっこ遊びなんかじゃないッッッッッ!」
「そうかい。お前の頭がどんなに優れていても高尚でも崇高でも、ロールプレイ以上の成果はでないと思うぜ」
「どういう意味だッッッッッ!」
「俺に勝っても、絶対に虚しいんじゃね?」
「……そんなこと、無い」
「そうかい。なら良い機会だしな。疾走るか」
ピヨピヨピヨピヨ……
ギリギリギリギリ……
コースをちくわが横切る。鼻ちょうちんは健在。
「アレを起こした奴が勝ち。シンプルだろ」
「そんな勝負は……」
「その言葉は勝ってから言え。お前はちくライダーを相手にしているんだ。レースで語れよ」
「そうかよ。やっぱり『菊池』なんだな。菊池駿馬や菊池白菊と同じ『菊池』なんだな」
「お前、怨むのはちくフルの『菊池』だけにしとけよ。リアルでちくフルに関係無い一般の『菊池さん』に手を出すんじゃねえぞ……」
全ての菊池さん、ごめんなさい。
スタートラインに付いた3人。
「エスケープか。初心者らしいぞ」
光線銃が歯を見せて笑う。
「お前らだってそうだろ」
カタキ、毒皿、光線銃が選んだシートはエスケープ。
「初見のコースだしな」
毒皿のちくわは吉切鮫100%。21世紀の日本で最も漁獲された鮫と言われている。蒲鉾や練り物の原料としてよく使われる。鰭はフカヒレの原料になる。
最も旨い鮫だと言われている。
各種鮫は〆た後に発生するアンモニア臭が非常に強いので、加工しなければ食用に向かない。また鮫の中でも吉切鮫は特に含有水銀量が多いので、妊婦の方は食べる時にご注意を。
「初見のコースは誰でもエスケープだぞ」
光線銃の言う通り、菊池も同じ頃に別のコースでシートをエスケープにして疾走……いや落下している。
光線銃のちくわは前半分がアンコウ、後半分が伊勢海老だ。
日本で食用にされているアンコウは『クツアンコウ』と『キアンコウ』だが、市場で区別されていないので本作でも同一の物として扱わせていただく。
「チッ、菊池が」
カタキのちくわはイワシだ。それしか持っていない。
「イワシだって、そんなに悪いもんじゃねえさ」
毒皿はウインドウを開け『レース開始』を選択。シグナルが赤から黄、青に。3人揃ってスモウジャンパー。
先行は毒皿。吉切鮫の加速性能は並。
続いてカタキ。イワシは全ての性能が標準以下。
最後尾が光線銃。アンコウ、伊勢海老、共にコーナー重視。アンコウはコーナー脱出時、伊勢海老はコーナー突入時に加速性能が上がる。
伊勢海老は非常に使いにくい素材だ。高いコーナーリング補正のある素材と組み合わせなければ、コーナー脱出後の立ち上がりに苦労する。
毒皿がインベタで左コーナーに入った。軽いダウンで先端を一瞬だけアスファルトに擦らせ、慣性で後半分をアウトに流す。
「危ないッッッッッ!」
アウトからインに入ったカタキの前を毒皿のちくわが遮る。敗北条件はチームの誰かの脱落。カタキはウインドウによる通信で文句を言う。
「当たらないよ」
カタキの右横を抜ける光線銃がボソッと呟く。彼の言う通り、イワシの加速力では衝突しない。
コーナーリング補正の高い光線銃のちくわがカタキを抜いて、毒皿のちくわの後部に軽く当たる。毒皿のちくわの向きが修正され、コーナーを最適な角度で抜けた。
接触の効果で光線銃も角度を修正。危なく見えたが無難にコーナーを抜けたカタキの右横に並ぶ。
「コンビプレイだとッッッッッ!」
「違う。トリオプレイさ」
ストレートの加速性能は、光線銃のコーナー特化仕様よりもイワシ100%のがやや上回る。光線銃がジリジリ下がり、毒皿、カタキ、光線銃の順に急角度の右コーナーへ入るが。
「クソッッッッッ!」
カタキは速すぎるクロックでオーバーステア。インに突っ込もうとするが。
「大丈夫だ」
右後方からの光線銃の接触で持ち直す。
「イケる。そのまま抜けられる」
「誰が助けなんかッッッッッ!」
意地からか、カタキは左ーーアウト側に身を傾ける。そこにはウイリーで後部を擦らせる毒皿のちくわ。カタキはぶつかりインに弾かれる。
カタキと光線銃は並んでコーナーからストレートへ。遅れて毒皿。ちくわ全体では吉切鮫のストレートでの加速力は平均だが、3人の中では最も速い。一瞬だけ横並びで疾走り、またも毒皿、カタキ、光線銃の並びになる。
「何で助けるッッッッッ!勝負じゃ無いのかッッッッッ?」
「クエスト達成が最優先だ」
毒皿がにやつく。
「フォローが屈辱なら本気を出せ」
カタキはちくフル経験者だ。ちくライダーの実力は知っているはず。勝算も無しに挑める相手では無いことも。
「ロデオワークか?それとも、他のVRゲームの技術か?」
「…………出し惜しみなんかしない」
正座したカタキはシートの手すりと座席の間に両足を入れ、座席を内股で挟む。
「そう来たか」
呟いた光線銃は競馬ファンである。賭けでは無く、レースのファンである。
「毒皿、彼は好きにやらせよう」
カタキのスタイルを理解できない毒皿だったが、光線銃の意見を受け入れ振り向くのを止めた。
拙者、モウカザメしか食べたこと無いでござる。(練り物とフカヒレは除く)
フライにしてもらったのでござるが、アンモニア臭が辛かった……
でも慣れれば旨いでござる。
チョウチンアンコウは基本的に食用では無い。




